復活するために私は死ぬのだ...

グスタフ・マーラーの音楽と出会ったのは確か高二の夏、NHK-FMから流れていた第二交響曲「復活」であった。当時ピンク・フロイドやキング・クリムゾン、そしてジェネシスなどを聴いていた私にとってそれは驚愕に与えする内容、且つ音楽というものを改めて考え直す起因となり、あれから様々な音楽を聴き現在に至るが、個人的範疇に於いてはどの音楽もマーラーに勝るものはない。


マーラーは交響曲及び歌曲の作曲家としてロマン派の最後を飾るのに相応しい音楽家であり、また指揮者でもある。若かりし頃の音楽観は神への賛辞や憧れ、そして奇跡を求めていたが、愛児の逝去や持病であった心臓病の悪化などやがては絶望へと深化、死を最大のテーマとして扱うようになる。


そんな彼の完成された交響曲は全部で10曲。その中でも個人的に好きなものは一、二、五、九番だが、どれかを一曲となれば九番に落ち着く。この曲は自らの生命の彼岸を悟った内容で、第一楽章での生への執着と死への絶望感との葛藤が凄まじく、聴く者に恐怖とおののきを覚醒させる。併し最終第四楽章では、全てを悟ったかのように弦楽器の空気感のみが漂う演奏の中、後ろ髪を引かれながらも黄泉の国、自らの彼岸への階段を一歩一歩登る様が見事に表現される‥と、書きながら、多くの方に勧めるのは前出した第二交響曲「復活」であります。


この曲は彼がまだ若く夢や希望に満ち溢れてていた時期の作品で、ダイナミックであり且つ思慮深い内容になっている。特に最終楽章に於ける複雑な転調を繰り返しながら一気に登り詰め、その後一瞬の静寂から立ち上がる合唱隊とメゾ及びソプラノの感動的な構成は、先に書いた通りどんな音楽も平伏す。

クラシックはポピュラー音楽と異なり自演の音源は当然の如く数が少なく、後の指揮者やオーケストラにより楽曲が生きもすれば真意が伝わらないこともある。私が薦める指揮者はマーラーと同じユダヤ人のレナード・バーンスタインだが、彼は生涯に於いて60年代にCBS、80年代にドイツ・グラモフォンに残したマーラー交響曲全集が存在し、個人的に円熟した解釈と朗々としたテンポ、そして音質面を含め後者が愛聴盤になっている。


さて最初にマーラーはロマン派の最後期を飾るに相応しいと書いたが、その音楽性は調整音楽ぎりぎりの展開及びメロディが特徴であり、彼の影響を受けたシェーンベルクやベルク等は、後に新ウィーン楽派と呼ばれ12音階技法や無調整音楽を創作することになる。


これらは現代音楽や前衛音楽の礎になるもので、やや強引な捉え方をすればマーラーの音楽は現在に於いてもプログレッシブな輝きを失うことはなく、且つ歴史を辿れば必ずやその姿が見え隠れすると感じている。



この動画はバーンスタインが74年頃にロンドン交響楽団を指揮した、最終第五楽章のクライマックス部分。高らかと響く復活への賛歌は、ユダヤ並びにキリスト教徒ではない私であっても、宗教や民族の垣根を超越し聴く度に目頭が熱くなる。