からくり庵の詩人

(旅立ち)


西暦2ξζδ年、時の政府は来る左利きの時代に向け新たな政策を発表した。それは冷凍保存した人造人間をNo.1からNo.9までを解凍し、遥か彼方のユートピアを目指すべく宇宙へと旅立たせた。併し一部の有識人とマスコミは人造人間の欠陥とプラスチック帝国の反乱に恐れを抱き、地底の奥底に潜り込んでしまった。
地上では統制を失ったTVや新聞が民衆を欺きかけていた。その内容はもっぱら人造人間の話題でもちきりで、愚かなことに自分達の足元さえ見失っていた。


そのころ宇宙に旅立った人造人間は、彼方の地平線に見え隠れするヨーコの姿を発見する。ヨーコは彼等の失いかけた感情という物体をチップ゚に焼き付ける為に現れたプラスチック帝国の女王で、永遠に変化しない肉体を持つ。


彼女は彼等に問いかける。
「私の中に入っておいで、全ては融合できる」
併しその時、まだ幼い彼等はその問いに答えるだけの発展性を持ち合わせていなかった。


(宇宙へ)


さて判断に困った人造人間No.2は地球にその是非を問いかけたが、折しも地球では冷酷で愛のないプラスチック帝国の攻撃を受け、堕落した左脳が陶酔した官能を求め彷徨っていた。併し連日連夜聞こえてくる人造人間の悲痛な送信に足を止めた男こそ、からくり堂本舗十七代目の詩人だった。彼は欝と淫美を持ち合わせた悪党で、巨大ミミズを従えたいかれたペテン師野郎だった。


人造人間は彼に助けを請う。
「女帝ヨーコの見せかけの愛に翻弄してます、どうか助けて下さい」


詩人は答えた。
「よし解った、今すぐそこに行く」


彼は車検切れの宇宙船に乗り込み、黄色の巨大ミミズに操縦させた。宇宙に飛び出した数時間後、息が苦しくなり狭い産道を通る胎児の苦しさと産まれ出ずる悩みを知る。そして気を失いかけた頃、要約宇宙船は彼方の地平線に辿り着いた。

(ヨーコとの遭遇)


「やあ~」
すぐさま人造人間達に声をかけてはみたものの時は既に遅く、彼等は体中の機械油を全て快楽の引き換えに抜き取られ瀕死の状態だった。詩人はここに辿り着く迄に体験した息苦しさを彼等に告げ、彼等の任務である左利きからの逃避と政府のユートピア建設構想を聞く。


詩人にとって政治の話しなど関係なかった。彼はもっぱら目の前にいる、はちきれんばかりの肉体を持ったヨーコにしか興味がなかった。


「結局あいつをやっちまえばいいのか?」


人造人間達は答えた。
「そうです、そして失いかけたのゼンマイで作動する霊魂を取り戻して‥」


詩人は肯くとヨーコの産道に自ら侵入することを決意する。


「お~い!」
詩人はヨーコに向かって叫んだ。


ヨーコは振り向き詩人を分析し始めた。
「お前は何者、私と融合したいのか」


詩人は答えた。
「おいらはただの気まぐれ野郎さ、実は頼みがあってね、ちょいと一回やらせてくれないか」


(ヨーコへの侵入)


詩人はそう言うとすぐさまヨーコを押し倒し、前戯も無いまま産道に侵入した。そこは赤や黄色や桃色の穴だらけのプラスチック材が縦横無尽に交差する荒涼とした洞窟で、ヌルヌルした巨大ミミズは体をくねらせ先へと進むが、詩人は体内に入る愚かさに陶酔的恍惚を感じながら、アトミック・マザーの子守り歌を口ずさむ。


「坊やは良い子、機械で出来た母親をいつも困らせた、ロッカーの中は暗くて冷たいの?」


詩人が懐かしく母体を堪能している頃、巨大ミミズがくねくねと動く度、吐息を上げ悶えていたヨーコが変身を始めた。それは彼女がエクスタシーへ導かれる際の姿で、誰も見たことのない最終的、彼岸の姿だった。彼女の体内ではそれに伴いプラスチックの液体が溢れ出し、詩人やミミズを包み込もうとしていた。


「こりゃ、まずいぞ、感じてやがる」
詩人はそう叫び、体内の凶悪な原子炉を探した。


(不可思議な母体)


大量の液体に足元をすくわれた詩人と巨大ミミズは、ヨーコの核心的内部に押し流されひとつの部屋に辿り着く。


「ここが凶悪な原子炉なのか?」
詩人は自分達にまとわり着くプラスチックの液体が次々と炉の中に入り込み、洗面器やコップ゚そして安価な未熟児製品へと成型する様を見る。ヨーコは異種なるものと交配し自身の分泌物で、次々とプラスチック製両性類を生み出す魔物だった。


「こりゃ地球もこのホルモンに何れ破壊されるな‥」
詩人はつぶやき原子炉の横を見ると、人造人間から吸い出したゼンマイ式霊魂がヨーコと融合しきれず空中に浮かんでいた。


「よし、これを奪って逃げ出そう!」
詩人はとっさにそれを掴みポケットに閉まった。その時、原子炉の原色に輝くプラスチック製のねじを3本、土産に失敬した。


「ちょいとは金の足しになるかもな‥ははは」
そして彼等はとめどなく排出されるプラスチック製品に身を隠し、ヨーコの体外へと摘出された。


(胎児へ捧げる歌)


外界に出た詩人達を迎えたのは、遠く地球の彼方から登り来る余りにも強烈な朝焼けだった。詩人はその光の中で、ヨーコの内部にいるときから感じていた、やつれ果てた稚児の面影が発露する。


胎児よ‥胎児よ‥なぜ泣くの‥。
母の乳首に吸い付いて、私の幸せはとうに消え失せた。
お前の可愛らしさに缶詰の金魚も嫉妬して赤い水着が砂漠のように乾いたよ。
胎児よ‥胎児よ‥なぜ泣くの‥。
暗くて冷たいロッカーが恐いのかい、私はもう行くの御免ね赤ちゃん。


詩人は遠く封印した記憶を母体というCategoryに侵入したことで思い出しのだ。それは愚かさにも似た自慰行為に等しい記憶だったが、寄せては返すさざ波の如く永遠に消滅しない哀れなそして矛盾した話頭だった。


「おいらはプラスチック女を孕ませたのか?」
詩人は我に返りつぶやいた。


(自我の休息)


「それは違います」
突然精神科医の免許を持つ人造人間NO.4が答えた。


「貴方は遠い母親のことを思い浮かべているようですが、その感情は悪です。例え今彼女に会ったとしても、貴方は冷たく暗いロッカーの記憶を消すことは出来ない」
もっともな話しだった。詩人は頷き故郷と化した母体ヨーコの姿を振り返った。


「なんてこった!」
ヨーコは詩人が悪戯で持ち帰った原子炉の3本のネジのお蔭で神秘的肉体の内部が分裂し変形を始めた。そしてそれは核という頭脳を隠蔽した暴力温泉芸者の誕生だった。


「これは大変だ」
詩人達は叫びながら岩陰に身を隠し、暫し音沙汰だった食事を始めた。


「パンはやっぱりシナモンがいいな、おっとマーガリンも忘れずに」
人造人間も詩人が奪ってきたゼンマイ式霊魂をリセットし、余裕の笑みを浮かべた。


「君達は純情な子供だったのさ、君達の欠陥が要約理解できた」
詩人は彼等に向かってそう言った。


(暴力温泉芸者)


有識人達が恐れていた人造人間の欠陥とは、開発途中だった股間が咽ぶほどの性欲とそれに伴う駆け引き、そして自我の目覚めだった。


それに気付いた詩人は彼等にひとつの趣を提示した。
「ヨーコを倒せば君達は救われる。彼女の閑散とした産道と狂った愛を戴くんだ」


食事を終えた彼等は新たな戦いに挑んだ。併し原子炉のねじを失い統制の取れない暴力温泉芸者に変身を遂げたヨーコは、手当たり次第に融合を行おうと宇宙空間を彷徨っていた。
人造人間達の提案は遠い、そして太古のオゾンの精を呼び寄せヨーコの体を燃やすという着実な考えだった。併しそれには一人の生きた人間の危険な幽体離脱が必要だった。


「おいらが引き受ける」
詩人は決断した。


「英雄になる気はないけれど、ちょいと興味があってね」
彼は笑って自らの肉体を露台の彼方へ差し出した。オゾンの精は詩人の体に群がりヌルヌルとした彼の幽体を蓄え、絆を強めて行く。


(黒い太陽の誕生)


そして益々絆を深め勢いをつけたオゾンの精霊と詩人の魂は、左巻きの重力に逆らいヨーコに向け青白い光の弾丸を発射した。


「うがが‥」
見事にヨーコに命中した弾丸は彼女を炎に包み込み、官能の悲鳴の中にだらだらとプラスチックの原液を撒き散らし、黒い煙が立ち込めた。


詩人は抜け殻の頭脳でとっさに叫んだ。
「煙を吸うな!子種が消滅してしまう‥」


人造人間達も巨大ミミズも口に手を当て煙の行方を見守っていた。ヨーコは既に原型を重油化し盛んに燃え盛る炎の中に潰された蟋蟀のように横たわっていた。そう彼女は古代史の中の原点に戻ったのだ。それでも煙は立ち込めながらやがてはひとつに集結し、黒い太陽の骨格を作り出した。


オゾンの精霊は太陽に向かい囁く。
「目覚めし古代の神よ、詩人の魂を救い左利きの時代より地球を守り給え」
そして黒い太陽はそれに答えるかのように増大して行く。

(目覚め)


やがて煙は消え失せ、太陽はいよいよ輝き出し、黙示録を語る。
「我は古代よりの万能の神、堕落したワルハラなど足元に及びも付かぬ。暗闇を支配し、地球のマグマと共に存在する。与えられた罪と与えられたパンの一切れを守り抜け」


太陽はオーラのような光で詩人の魂を包み彼の体内へと移植を始めた。それは詩人への告示でもあった。詩人は降り注ぐ音と光を受けとめ、今日もいかれた末梢神経に問いかける。
そして自らの墓碑をさまよい森羅万象の露台に立ち永遠の解答を模索する。暗闇の肉体は輝く魂に導かれ、苦悩と落胆、ロッカーの冷たさ、肉欲の紀元、落ちぶれた愛、裏切りと快楽、膨らみ過ぎた利子、氷山の夢、大海原のメダカ、山積みにされた宿題、そしてやがて訪れる左利きの時代、全てを凌駕し自分自身への回帰を果たした。


詩人は人造人間達と巨大ミミズに向かって語った。
「地球に戻る、新しいユートピアはきっと地球にある筈さ」


(地球)


彼等を乗せた宇宙船は地球に戻った。既にプラスチック帝国の姿は無く、地下に潜り込んだ人々もブリキの棺桶に身を託し、沈むことのない黒い太陽と共に永遠の、そして新たな貯蔵物の種を巻いていた。


詩人達は確信する。文明は侵略と化物を生み出す悪の権化だと‥。
併しそれでも不安と焦燥の左利きの時代への恐れを消滅させる為、覆い隠された真のユートピアを発見する為、彼等は黄銅鉱と化した大掛りな東部戦線に赴かはなければならなかった。