いわき市平 薄磯海岸

東日本大震災より六年が過ぎました。毎年3.11には海方面へ行っていたのだが、今年は用事があり家にいた。震災後、初めていわき市を訪れたのは何時頃だったろう、おそらくその年の夏以降だったと思うが、瓦礫類が道路上や海岸に散乱したままだった。

塩屋崎灯台があるいわき市平薄磯の海岸沿いの瓦礫は早めに撤去され、供養塔が立っていたが、街並みは基礎だけの荒涼とした光景だった。そういえば豊間中学校のグランドには大量の瓦礫が長期に渡り置かれていたことを思い出す。


塩屋崎灯台から北側はいわき市平薄磯字宿崎、字小塚、字南街、字中街、字北街と海岸が続く。現在、灯台直下の宿崎と永遠のひばり像がある小塚は海岸に降りれるが、住宅街であった南街から北街は行く度に景観が変わる程の大規模なかさ上げ、及び堤防工事が行われている途中であり、車を停めたり海岸に降りることは出来ない。

画像は12/02/11に撮影したもので、当時はまだ大々的な工事が始っておらず、海岸に立つことができた。撮影時にブログにupしていたが、今回改めて再現像する。因みに住所は南街から塩屋崎灯台を望む場所になる。証言では、画像中央の高さ8mある見張り台を超える津波が押し寄せたようだ。


一年後...」~ F8・SS20・ISO200 ~


撮影時刻は18時頃、とても寒かったことを思い出す。右側は人が住んでいた街並みがあった場所だが、空虚な空間が残るだけであった。それでも時折り壊れた堤防沿いの道を車が通る。撮影時のタイトルは「復興の灯」であったが、その時何をイメージしていたのか既に忘れてしまっている。


露出は過ぎ去る車の光跡から算出、周囲の暗さと上手く合致したのか、全体的に適度な明暗になったようだ。今になって光跡は亡き人々の魂のように思え、それが再upした由縁でもある。


これは相馬郡新地町、釣師浜の寄せ書きされた「国旗」。一昨年だったか再訪した際には既に無くなっていたけど、この辺りも今はかなり変わっているのだろうと想像する。


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