写真作品についての見解

写真に於ける作品と何か、時折り考えてみたり人に聴かれることがある。そこで現在の自分也の見解をまとめてみるが、まずはその前に写真とは何かを記す。


個人的に写真とは「記録 ⇒ 伝達」であり、作品と成り得るには「記録+表現 ⇒ 伝達」、つまり個々の表現というものが加わる必要性がある。それでは表現とは何なのか、色々と模索するに下記のように大きく分けて二つの方法があるのではなかろうか。


① 撮影時に於ける表現


目前の景色を見渡し惹かれたものをどう伝えるかのフレーミング、自然現象をどう捉えるかなどの感覚的な表現がまずは大きなウェイトを占め、更にそこには露出という新たな表現方法が加わる。
露出には適正露出という言葉があり、私も便宜的に使うことがあるが、それは露出計などを用いた記録としての平均的数値であり、表現といった観点からすれば適正露出とは各々の脳内にあるイメージ、即ち適正ならぬ適当露出とも云える。

上記画像は先日upしたばかりのものだが、撮影月日及び時刻は03/25の17:31となる。三月末とはいえ、この時間になると徐々に夕闇が迫っている。このようなやや暗い環境の場合、多くの方はそれこそ適正露出で撮ると思われるが、私の場合は敢えてND100を使い画作りを行った。
ND100を使うことにより露光時間は20秒を要する。その効果で海面はベタ波となり、色調の変化と全体的に穏やかな雰囲気となる。この辺りは各々の好みの違いもあるが、適性露出を自分で作り出した個人の表現ということになる。


②レタッチ・補正による表現


デジカメはレタッチが付き物である。これに対し怪訝な顔をする人も多いが、私は肯定派である。いつも書いているがフィルムには暗室テクニックがあり、それは一般的なものではなかった。併しデジカメはその作業を誰もが簡単に行えるようになっただけのことだ。

これも先日upした画像であるが、下記の撮って出しの画像と見比べて頂きたい。

露出は便宜的適性露出となり、コントラストも色彩も映えない、更には日の丸構図で面白味のない内容になっている。併しながら何故か惹かれるものがあり、モノクロ化とコントラスト、そして明暗の補正を行った。結果として個人的には味のある内容になったと思っているが、矢張りそれは各自嗜好の違いが健在する。


付け加えるなら①も②もバランスが大事だ。つまりは何事もやり過ぎは禁物であり画像が破綻してしまう。そもそも写真は露出にせよ構図にせよ様々なバランスから成り立つものであり、自分也の適当露出もレタッチの加減も押しと引きの兼ね合いが重要だと考える。


最後に写真の伝達について、これまた便宜的に自己満足という言い方をするが、ネットやフォトコンなどに提示した時点で、評価は見る側にあるということだ。然るに自己満足という状況を昇華させるのであれば、PC内などに留め置くことをお勧めする。
つまり提示=何等かの評価を期待する行為であり、評価とは色々な意味で人を魅了する必要性がある。私的には①と②を駆使し、伝えたいことを撮り魅了するものを創造したいのだが、常に気持ちだけが先行の空振り状態だ。


以上はカメラ初心者の個人的見解であり、繰り返すがポートレイトやスナップなどなど個々に様々な捉え方があると思う。併しながら少しでも参考になれば幸いであります。