南会津郡南会津町 ”そば処 曲家”

南会津町の前沢曲家集落駐車場にある”そば処 曲家”、撮影目的で周っているとなかなか入る機会がなく今回初めて訪れてみた。因みに冬季、曲家集落の入園は無料になり店は休みになる。

店構えは曲家を意識した旧家の佇まい。店内は全て座敷となりテーブル席はない。困るのは私のような腰痛持ちや膝が悪い人だが、座椅子が用意されており安心しました。

ほぼ六人席となり卓数は幾つあっただろうか店内は広いです。舘岩川を眺められる窓側には座敷カウンターといってよいのか、お一人様用のスペースがある。

メニューは各そばと親子丼、特製たれと明記されたソースカツ丼、及びそれらミニとのセットになるようだ。私はざるそばと曲家特製ミニたれカツ丼のそば大盛り、サマオクは天ざるをオーダーする。

ざるそばと曲家特製ミニたれカツ丼 @1.250円+そば大盛り @210円


天ざる @1.350円


ビジュアルはメニューに使われている画像と特に変わりのない内容。新そばの季節となり期待して口に運ぶがそばの香りがしません。確かに喉越しは良く、そばの割合など詳しいことは分からないがちょっと期待外れとなった。
家の近所では休耕地を利用しそばを栽培している。今月末にそのそばを振舞う催しがあるが、正直いってこちらの方が風味があって美味しいです。


たれカツ丼のソースは甘めで好みの味付けで肉は柔らかかった。併し温め直したご飯なのか固まった部分があり食意が落ちた。天ぷらは動物ものはなく、何とリンゴの天ぷらがありました。サマオク曰くそんなに珍しいものではないようだが、ちょっと食べてみると熱を加えられ甘さが増しホクホクした食感でした。


さて個人的な感覚としてそばはコスパが悪いです。特に今回のように風味を感じられないと尚更だが、ざるそばとソースカツ丼ミニのセットが大盛りで約1.500円、撮影であちこち歩く際はランニングコストがとても悪い。


南会津郡南会津町前沢831


不定休 (4月上旬~11月下旬のみ営業)

西白河郡西郷村 雪割橋+etc

04日、家族と南会津へ行った際、西白河郡西郷村大字鶴生字由井ケ原の雪割橋と南会津郡南会津町大桃字居平周辺の紅葉を撮影する。いつもなら南会津方面は国道118号線を使い岩瀬郡天栄村を通過するが、最初に雪割橋を経由するため国道4号線を南下、白河市から西郷村へ向う。

昭和33年に建築された四代目の雪割橋はその名の由来でもある赤が退色し、老朽化が目立ってきたが、そんな折り昨年訪れた際に新築工事の情報を得た。

現在は橋脚の製作過程であり、景観が大きく変わってしまう前に撮影を行うことにしたが、それは既に遅く大きく目立つ存在となっていた。写真は思い立った時に撮っておかないと大きく景観が変わる対象物が無くなるなど、昨年の適した時期に撮っておけば良かったと正に後悔先に立たず状態になってしまった。

雪割橋展望台から先の西の郷遊歩道には数々の滝がある。3.11の震災以降、暫く車での通行が出来なかったが、積雪の中を一人歩いて回ったことを思い出す。


錦 秋」~ F10・SS1/13・ISO200 ~


06:30撮影、陽光が射す前の時間を選んだ。紅葉のタイミングだが、右上の枝に葉が残っている内はまだ早いのかも知れない。結果として橋脚などの不要部分は消去することにしたのだが、新しい橋が現在の橋以上に佳き景観になることを願うばかりだ。撮影としては風もなく特に難なく終える。


先に書いたように橋が退色しており赤味を+補正、更に背景の空と緑葉を除き色温度を微小に+補正。


山が呼んでいる」~ F8・SS1/100・ISO200 ~


大桃の舞台がある南会津町大桃字居平の紅葉。落葉した白い樹木は白樺だろうか、朱色の中に点在する姿に目を惹かれ車を停めた。立ち位置を探していると、結局は大桃の舞台駐車場からの眺めが一番良かった。


露出は明暗を考慮した一般的な数値、レタッチは右下部の電線を消去したが、ほぼ撮って出しの内容。曇り空ながら自然界の景観・色彩とは実に美しいものであり、タイトル通り山々が呼んでいる、吸い込まれそうは感覚だった。


@タイトル付きの画像はMain Blogをご覧下さい。

会津藩降伏の日

明治元年(1868年)11月06日(旧暦09月22日)、薩長のクーデターにより朝敵とされ、徳川幕府への遺恨を全て被った会津藩が一ヶ月の篭城の末に無念の降伏となった日である。会津藩は幕末に於いて強靭を誇る雄藩であったが、敗戦の要因として幾つか思うに、古い体制への拘りと長い京都守護職という役目に国費を費やし、武器等の洋式化・近代化への遅れがあったと思う。

「会津藩降伏図」 中央の裃姿が容保公、右は薩摩藩、中村半次郎(桐野利秋)。


そして戊辰の役が東北に移行すると、領内となる日光口や新潟方面への出兵も余儀なくされ、兵力の分散化により統率が取れなくなっていたことだ。加えて共和国家を目指した奥羽越列藩同盟から次第に裏切りや辞退する諸藩が相次ぎ会津藩は益々孤立して行った。


併しそれら以上に、会津藩首脳の洞察力に問題があったかも知れない。例えば日光口から北上する官軍を迎え撃つ白河の戦いに於いて、何故、容保公は予てより恭順を唱え罷免となった家老、西郷頼母を総司令官に仕立てたのか。更に西郷自身も旧い戦略に捉われず、新選組々長、斎藤一の進言を聞き入れていたならば、また違った様相を見せていたかも知れない。実際この白河が落ちた直後から奥羽越列藩同盟は先ほどの裏切りや辞退が起こり、次第に敗戦の翳りが見えてきた。


鶴ヶ城周辺の戦いに於いても、会津藩の首脳陣は新選組副長、土方歳三の作を諮ることなく、官軍は一気に母成峠から会津城内に雪崩れ込んで行く。手薄な会津藩は若い士族からなる白虎隊を出陣させるが、新兵器を手に怒涛の如く押し寄せる官軍に成す術はなく、土方歳三率いる新選組や大鳥圭介率いる幕府歩兵隊とてものの数では無かった。


以前、会津では薩長人の宿泊を断る宿があったり、今でも婚姻を認めない風潮があると聴く。1986年には萩市が会津若松市に対し、会津戦争の和解と友好都市締結を進上したが、会津若松市側はこれを断っている。というのも、会津戦争に於ける官軍側の行動は会津藩士を賊徒とみなし、略奪、強姦、虐殺と勝てば官軍とは全くこのことで、官軍側の横暴には目に余るものがあり、鬼の官兵衛と呼ばれた会津藩家老、佐川官兵衛はこの悲惨な光景を目にし、「これが錦旗を掲げた皇の軍隊のやることか‥」と、嘆き悲しんだという。


後に日本は富国強兵、云わば軍国主義路線を歩むが、一旦成りを潜めていた攘夷思想が次第に頭を持ち上げ太平洋戦争へと突入する。これは個人的な意見だが、この古臭い攘夷という思想は、幕末から昭和初期まで日本人の根底に脈打つ理念であり、太平洋戦争とは攘夷思想の昇化した姿だったのかも知れない。

南会津町を散策

04日の土曜、家族を連れ立って南会津郡南会津町方面へ向う。タイトルを散策としたが、個人的には先々週も撮影で来たばかりであり、特に散策といった趣きではないかも。

南会津へ行く一番の目的は、南会津郡南会津町宮里にある木賊(とぐさ)温泉の”露天岩風呂”だった。併し数日前の雨で川沿いにある岩風呂の脱衣所などが流され、復旧工事がこれから始るような状況だった(上ニ画像は2014/09当時)。近くには屋内の共同浴場”広瀬の湯”があるも、午後からなので枝岐村へ向うことにした。


因みに岩風呂に入る際、女子は岩風呂降り口向かいの橘商店で湯衣を借りれる。レンタル料は200円だったか、流されてしまった脱衣所で着替えるようになる。

序に宮里字新屋敷の”歓満の滝”に回ってみるが、その数日前の雨の影響で水量が多く、滝の形状からして水流が単に白い固まりになってしまうと判断、撮影は行わず眺めるだけでその場を後にした。

桧枝岐村に向う途中、腰痛で先々週リタイヤした南会津郡南会津町大桃字平沢山の”屏風岩”に寄ってみる。木々は落葉し既に秋を終えたような景観ながら、観光バスがやって来て賑わっていた。

このニ~三週間、奥会津並びに南会津を巡り紅葉の状況を見てきたが、地域的に大沼郡昭和村、南会津郡下郷町”観音沼森林公園”、そして南会津郡桧枝岐村の紅葉は既に散っているものの、木賊温泉や南会津町田島、そして前沢周辺は息を呑むような美しさだ。

桧枝岐村の共同浴場は確か三件あったと思うが、この日は尾瀬檜枝岐温泉”駒の湯”にする。とはいえ、私は日中からの入浴は苦手でその辺りをブラブラ。”駒の湯”の営業時間などは下記になります。


■4月25日~11月15日 6:00~21:00 / 11月16日~4月24日 12:00~20:00
■料金 500円  ■定休日 水曜午前中


さて早朝は西白河郡西郷村大字鶴生字由井ケ原の”雪割橋”、帰路は南会津町大桃字居平で紅葉の撮影を行った。他にも色々と回りたい所があったのだが、降ったり止んだりの空模様に早めの帰宅を選択する。

耶麻郡猪苗代町 達沢不動滝+etc

三日は仕事なので前日の二日を休みにした。例年11月になると耶麻郡猪苗代町大字蚕養字達沢の達沢不動滝へ行く。この頃は既に落葉しており、滝自体ではなく滝つぼを漂う落葉のグルグルが撮影目的だ。


車を停め滝に向ういながら嫌な予感が‥と、いうのも二週に渡ってやってきた台風の影響かこの時期にしては水量が多い。水量が多いということは滝つぼ周辺は水飛沫で近寄れない、且つ流れが速くゆったりした落葉の動きがないからだ。

予想は的中でありました。取り合えず滝つぼ近くに機材をセットするものの、水飛沫でカメラやレンズ、そして身体が滴る程に濡れ、更に早流により落葉は水面に留まることなく撮影を断念。という訳で落葉し水量の多い男滝の景観はあまり宜しくなく、男滝の左側にある女滝の撮影に切り替える。


秋 潤 ①」~ F8・SS1/4・ISO200・C-PL+ND4 ~


秋 潤 ②」~ F10・SS8・ISO125・C-PL+ND100 ~


いつもは微々たる流れの女滝、従って撮影対象にならないことが多いが、雪解け時や大雨が降った後は上記ニ画像以上に轟々とした流れを見せる。①②とも盛夏は木々の葉に隠れてしまうが、特に②は落葉時のみの光景と云える。因みに①は渡渉し滝の下側から、②は川を挟んだ位置からの撮影。


①は滝撮りとしては一般的な露出。②は川面の表現目的でND100を使用し長めの露光を行う。何れもC-PLにて川面の照り返しを半分ほどに抑える。毎度のことだが、C-PLの効果をMAXにすると水面や岩々の表面が真っ黒になることがあり、効果の度合いをよく確認する必要がある。


続いて先週より撮影が続いている大沼郡金山町大字水沼字沢東の第四只見川橋梁、俯瞰地点へ向う。いつもの上り428Dには間に合わず、14:25頃通過の下り427Dを撮る。


こんな畑の中を歩き杉林に向うのだが、長閑というか澄んだ空気と秋の陽射しが清々しくとても心地良い。併しながら紅葉の色付きはどうもイマイチ、以前書いたように今年も色付くことなく散ってしまう感が強い。


人と時と風の中へ」~ F10・SS1/160・ISO400 ~


この時間になると陽射しはだいぶ傾きギラギラ感は無くなるものの、先週同様に空気が淀み見通し及び色合いが芳しくない。従って後のレタッチを想定し”ニュートラル”になっているカメラ内ピクコンをコントラストなどが強調された”風景”に変え、撮影時からクスミ感を除去した。


今回は水面が穏やかなのか橋梁や山々の紅葉が写り込んでいるが、先に述べたように全体的な色合いがどうも好みではなく、昨年11月中旬に落葉した様を撮った景観の方が良いかも知れない。従って先週同様、今回も暫定的にupを行うが後に削除するようになるかも‥つまり懲りずにまた撮影に行く予定であります。


昨秋より10日早く大沼郡三島町大字早戸字小沢巻の早戸駅を撮影、早いので駅周辺の樹木に葉が残ってはいるが此処も全体の色付きはイマイチ。車両は15:44の上り430D、立ち位置は只見線を跨ぐ国道252号線の旧跡地、閉鎖されたトンネルからは水が染み出し、周辺の路面はいつも濡れている。


季節も運んでいるのです」~ F8・SS1/125・ISO320 ~


昨年と比較しやや引いた焦点距離で左右及び手前側をフレーミングした。下の動画でご覧頂けるように、構図上ホームに停まった状態ではなく動き出してからを撮影。徐々に暗さが募る時間帯ではあるが、動き出した直後なので然程SSを稼ぐことない。


先の「私の好きな場所」同様、レタッチは色合いの補正がメインになる。その方法は各ソフト毎に異なるが、彩度は勿論のこと色調などを過度に+補正せず、撮影時及び脳内のイメージと相談しながら背景の樹木、手前側の樹木など部分毎に行った。


さて自販機専用のこんなコーラを発見。コーラにコーヒーをプラスしたようで、カフェインが強くカロリーは少なめ。味は例えばドクターペッパーのような強烈なイメージを持つが、そのままコーラと薄めのコーヒーといった感じで独特な味わいがクセになりそうです。という訳で個人的に紅葉撮影は薄曇りが良いな‥と、到って支離滅裂な終わり方の撮影記だったりする w


@タイトル付きの画像はMain Blogをご覧下さい。