耶麻郡北塩原村 大山祇神社

昨日は暑い日曜でした。周囲には残雪があるのだがジャンバーを脱ぎ、セーターを脱ぎ、そしてシャツの袖をまくって撮影を行っていた。その撮影地は耶麻郡北塩原村大字桧原字苧畑沢、早い話し桧原湖北岸にある桧原地区の総鎮守”大山祇神社”だ。

詳しくは「磐梯山ジオパーク」のHPをご覧頂くとして・・・


・・・桧原湖北岸に位置する”桧原”は、15世紀末頃から栄えていた旧米沢街道の宿場町。大山祇神社は、桧原集落にあった神社で、1888年の磐梯山噴火により、湖面に沈みましたが、渇水時には鳥居の一部が桧原湖の湖面上に現れます・・・


その渇水時とは冬枯れで水位が下り、雪解け水が流れ込む前の”今でしょ”ということになり、壁のような積雪は殆ど消え、更には湖畔に降りる斜面の残雪も無く、一ヶ月前に訪れた際とは景観が大きく変わっていた。

奥に見えるのが渇水時に現れる鳥居、手前の鳥居は満水時になると約1/3は隠れてしまい、同様に杉の根株も殆ど見えなくなる。満水時、隠れた鳥居にボートが衝突することを避けるため目印の浮きが繋げてあり、これが撮影の邪魔になる。更にこの日は沖合いにワカサギ釣りの船舶が置かれたままとなっており、後の修正を念頭に撮影を行う。船舶がある位置が鳥居より凡そ100m程で、この下に水没した桧原宿があることになる。


「幾世経テ」~ F10・SS20・ISO100・C-PL+ND400 ~


午前中から撮影を始めるも雲の流れや陽射しの具合が芳しくなく一旦撤収、午後二時頃より再び撮影を始める。雲が程よく流れND400を使用しその流れ具合を捉える。04:30頃になると空がやや赤味を帯び夕焼けを期待するが、次第に厚くなった雲の出現によ05:30頃まで粘るが期待は外れた。但し所々は赤くなったので良しとする。
所でND400はその特性により画像がやや黄色っぽくなることがあり、個人的に撮影時のWBを約400kほど少ない数値にしている。


先に述べたように、満水時に隠れる鳥居にボートが衝突しないよう目印として浮きが繋がっている。更にこの日は沖合いにワカサギ釣りの船舶が置かれたままになっており、レタッチはそれらの削除から始めた。色調は雲間の赤味と湖岸の石々や根株のコントラストを+補正、更に全体の明暗を整える。


@タイトル付きの画像はMain Blogをご覧下さい。

双葉郡楢葉町 ”武ちゃん食堂”

11日は満席で食べれなかった、双葉郡楢葉町仮設商業共同店舗「ここなら商店街」の”武ちゃん食堂”に行ってみた。店名脇にも”レバニラ食べて元気モリモリ”と書かれているように、レバニラ定食が有名なのか迷わずオーダーする。

個人的にレバニラ炒めイメージはニラ以外にモヤシなども入っているのだが、画像のようにレバーとニラだけの正にレバニラでありました。味は大変美味しいのでありますが、除染作業の方々が多く来店するためか些かしょっぱい。

味は良いのだが残念なのはその量だ。野菜は炒めるとかなりの目減り、且つ最近ニラが高いとは耳にするが、定食の一般的価格ながらとても少ない。ご飯も普通茶碗に一膳ほどで、先に書いたように除染作業の方々が来る店としては如何なものかと思わざる得ない。


”レバニラ食べて元気モリモリ”とは程遠い心持ちで店を後にする。個人的にこんなことはあまり云わないのだが、敢えて書けばほぼ同じ価格で味や量が勝る店は他に沢山あり、コスパ的には劣勢であると感じる。

さて「ここなら商店街」のある楢葉町役場は福島第一原発より直線で約15km、遠い他県にお住まいの方からすれば信じられないことかも知れないが、楢葉町からいわき市などの南側は放射線量が比較的に少なく、多くの住民がこの地で力強く生きてます。


双葉郡楢葉町大字北田字鐘突堂5-6 楢葉町役場西駐車場 日曜定休

ふきのとうといふもの

冬の神は去り難く、または悪戯心に溢れ未だ春は遠い。されど時折り日溜まりの中に佇めば、微かに土の香りが春の色香が漂って来る。自然は時と場所を超越し森羅万象の如くその盛衰を繰り返す。そして日々の忙しさの中に人はふと足を留め、そんな移り行く季節の芳香に見惚れ溜息を吐く。

ある町に顔見知りの老夫婦がいる。彼等は日当たりの良い斜面の頂に住む。その斜面には遠い春を待たず、年末ともなれば小さな小さなふきのとうが一斉に顔を出す。時分となり私用で彼らの宅を訪れる度、頂戴する味は実に苦い苦い旬食だ。時過ぎて春近く、花が咲きかけたふきのとうはその苦味も穏やかになり大振りの天麩羅などに喰らい付く。


何れにせよふきのとうは早春のまだ明けやらぬ若心の井出達で春光を待つ生きもの。私はそれを食し舌に伝わる苦味に忘れかけていた去りし昨春の出来事と、やがて訪れる輝春の暖かさを脳裏に思い想像する。


「旬のものを食べると長生きする」とは、江戸時代、死罪を言い渡された罪人に端を発した謂れであるが、ふきのとうの栄養分などなど果たして何が体に良いのかさっぱり分からないものの、例えば正月に餅を食しながら旧年と新年に思いを馳せるように、季節季節にその時のものを口に運び、過去と未来の狭間に立つ己を常に省みる姿こそがその言葉の意義なのかも知れない。

神栖市東深芝 港公園+etc

昨日は鹿嶋臨海工業地帯に行ってきた。三度目となる今回の撮影は、中望遠で切り取る構図を模索する。

途中、国道51号線沿いの鹿島灘海浜公園、そして大竹海水浴場に周ってみる。下は大竹海水浴場だが、ドラマや映画で見るような如何にもといった風情がなかなか良かったです。砂浜には海の家が多く並んでおり、機会があればゆっくりと見てみたい。
いつも思うのだが大洗町から鹿嶋市までは片側一車線の国道51号線、コンビニなどが極僅かであり、日中は混むけど昔の国道といった趣が感じられ何故か好きな道だ。

今回の目的はタイトルの港公園。理由は以前ネット上の画像で見かけた、公園内にある展望塔の近未来的な夜間のライトアップ‥が、職員に尋ねると3.11の震災以降、節電の為に点灯していないとのことであった。
従って思い描いたイメージを急遽切り変え、7kmほど離れた鹿嶋臨海工業地帯と往復しながら夕刻と夜の二度撮影を行ってみる。

展望塔には登らなかったのだが、裏手には鹿嶋港があり右手にはいつも撮影している鹿嶋石油のコンビナート群を見ることが出来る。

因みに上の画像は新日鐵住金鹿嶋製鐵所。港公園の仔細「神栖市観光協会


夕方になるに連れ港公園では冷たい風が吹き始めた。寒くて冬用ジャンバーや手袋、そしてマフラーを着用したが、暑さ寒さも彼岸までとは云うものの車に積んだままで良かった。そういえばタイヤ交換はどうするかなぁ‥。


さて帰宅したのは21日の01:30、風呂に入り撮った画像の数枚を現像し寝たのが05:00。用事があって06:45に起きてから昼寝もせずにいたけれど、ここ暫く徹夜っぽいことが多々あり、些か疲労気味というか瞼が重くなってきた。


「対 峙」~ F10・SS5・ISO200・C-PL+ND400 ~


夕刻時、ND400を使用し撮影したもの。まだ明るい時間帯なので、的確にシンメトリー構図のフレーミングとなっている。特徴のある雲の流れを期待するもイメージする雲は現れなかった。雲の起伏・コントラストを表現するためモノクロを選択、各所の明暗及び傾きを調整。加えて空のノイズを除去。


「ホメオスタシスの宮殿 ①」~ F10・SS10・ISO200 ~


「ホメオスタシスの宮殿 ②」~ F10・SS10・ISO200 ~


鹿嶋石油正面入り口の右側へはフェンスと植え込みが続くが、植え込みの背丈が低くなる位置から撮影。規模の大きい建物、特に工場のように奥行きと起伏があると絞りF8では被写界深度が浅く、今回は全てF10で撮影を行ってみた。
時として強風が吹き今日はピントが甘くなる。更には若干モヤが掛かった状況が原因かとは思うが、後のレタッチではこの辺り‥まず工場全体にハイパス、更にピント位置にはシャープネスを弱めに施す。色調は空に青味を加えその後全体的に明度-補正、コントラストなどの補正は行っていないもののドラマチックな画像になった。


@タイトル付きの画像はMain Blogをご覧下さい。

写真と言葉

現在私は二つのBlogを持っており、Mainは趣味で撮った画像のみをUpし、一枚一枚への注釈などは一切ない。というのも、写真に言葉は不要であり、言葉は写真の内容ないし状況を表すタイトルだけで良いと思っている。

この画像はよく撮影を行ういわき市平薄磯字宿崎、塩屋崎灯台のある海岸だ。干潮になると岩浜に生息する海草やコケ、そして昔々人力で構築された防波堤跡が姿を現す。今まで何度となくその防波堤跡の撮影を行うも、どのように表現してよいかが未だ分からない。

先日、被写体に寄って上の画像を撮ってみた。一度でもこの場所に立った人なら分かるかも知れないが、一般的には荒れた草ムラの水溜りのようにしか見えない。つまりこの画像に対し「干潮になると現れる防波堤跡云々‥」といった説明が必要となり、それは自分にとって写真でありながら写真ではなく、偉そうなことを云わせて貰えば絵日記や状況説明写真の類になってしまう。

それらを避けるのであれば潮が満ちる頃、ないし上記画像のように一目で海岸ということを認識できる構図が必要となるのだが、そうなると主とする防波堤跡の存在感が希薄になり、今以って表現方法が覚束ない理由でもある。


写真がBlogやHPなどで人目に触れた際、以前も書いたようにその写真の良し悪しの判断を下すのは見る側である。然るに良し悪しの判断の一端を文章に頼ることなく、写真とタイトルだけで想像と理解を促すような”モノ”を撮りたいと度々努力をするも、気ばかりが先立ち技術は追い付かず、ひたすら無策焦燥の念に浸るばかり‥。