只見線、暮色へほどける秋の日

M.Hermitage

11日(日)、大沼郡金山町大字中川字荻付の会津中川駅裏手にある、ハセ掛けの風景を撮るため奥会津へ向かった。実のところ、この日の撮影予定は後にも先にもこれだけだった。と云うのも、稲刈りはほぼ終わっており、何処で何を撮るか見当がつかず、他の撮影については現地の様子を見ながら、その場で決めるつもりでいた。

以前は只見線や国道252号線沿線の田んぼで、ハセ掛けの風景が当たり前のように見られた。それが年を追うごとに減り、2022年の只見線再開通の頃には中川集落周辺の景観も消え、今では会津中川駅の裏手に僅かに残るだけとなった。自然乾燥の米は美味いに決まっている。だが高齢化や人手不足には抗えず、奥会津でも乾燥機による乾燥が主流となり、かつて秋の風物詩だった、ハセ掛けの風景は急速に姿を消しつつある。


「小さくて静かな朝」~ F10・SS1/2・ISO200 ~


車両は同駅05:36発の上り422D。走行する始発便を撮るには厳しい季節となり、当初から停車中の様子を撮るつもりだった。やって来たのはキハ110のデフォルト二連。この運用を目にしたのは何時以来だろうか。私的にはかなり久しぶりのことだ。夜明け前の薄明に包まれた車体がどのような存在感を見せるのか、不自然に浮いてしまわないだろうか、そんなことを考えながらファインダーを覗く。


併し実際には、その懸念は杞憂に終わった。霧を纏う山並みを背にした中川の集落、刈り取りを終えた田んぼと、その静かな朝景の中で、キハ110の灯りは人の営みを示す小さな明かりとして自然に溶け込み、始発列車らしい穏やかな存在感を見せていた。


次の上下便は単行になり、それに応じ縦構図を考えていたのだが、やって来たのは何れも二連運用だった。上画像は同駅07:12発の上り424D、下画像は同じく08:01発の下り423D。尚、この423Dについては、一段下の立ち位置へ移動して待機していた。やって来る車両を確認したところ二連だったため、急遽横構図へ切り替えて撮影している。


結果として両便とも422Dを撮った際の雰囲気には及ばなかった。時間の経過とともに周囲は明るくなり、霧に包まれた山並みや収穫後の田んぼ、そして駅裏に残るハセ掛けの様子はより明瞭になった。だが、その一方で始発列車が持っていた静けさや、夜と朝の狭間に漂う独特の空気感は少しずつ失われていた。

良くも悪くもこの日の撮影予定を終え、大沼郡金山町大字川口字新町の会津川口駅へ行ってみる。 時間的に同駅08:41発の上り426D(左側)と、先程の423D(右側)が停車していた。間も無く423D発車のアナウンスが聞こえ、転車台近くに三脚を設置した。


「時の継ぎ目」~ F10・SS1/320・ISO200 ~


車両は同駅08:15発の下り423D。只見線で最後にSLが走ったのは2017年5月。それからこの転車台は動いていないのだろうか。レールには錆が浮き、底部からは雑木が伸びている。それでも尚、この場所には過ぎ去った時間と現在とを繋ぐ、継ぎ目のような存在感があった。


SLが運行されなくなった理由の一つには、使用されていたC11形325号機が東武鉄道へ譲渡されたことが挙げられる。また昨年の金山町議会では、SL運行時の撮影者による無謀な運転や路上駐車、私有地への立ち入りなどについて沿線住民から多くの苦情が寄せられていたことが説明され、福島県側もこうした問題がSL運行を検討しない理由の一つであると述べていた。


2022年の再開通の際、東武鉄道側から貸し出す旨の連絡もあったようだが、おそらく上記の理由で実現には至らなかったのだろう。実際、私自身も当時の様子を度々目にしており、沿線では危険な追い掛け行為や目に余るマナー違反が散見され、どこか殺気立った空気さえ漂っていた。その熱狂が去った今、静かに佇む転車台は、只見線に刻まれた一つの時代の終わりを、ただ黙って見つめているようだった。


ロケハンを兼ねて、南会津郡只見町大字田子倉の只見沢橋梁へ向かう。目的は紅葉の進み具合の確認だが、見頃となるのは再来週辺りだろうか。山肌は少しずつ色付き始めているものの、全体としてはまだ緑が優勢だった。車両は09:41通過の上り426D。また実際の色付き具合を確認するため、撮って出しの画像としている。

続いてこの週末には風っこ只見線満喫号の運行があり、南会津郡只見町叶津下稲面からの叶津川橋梁を撮ることにした。朝の冷ややかな空気と入れ替わり、青空と強い陽射しが降り注ぐ。それもあって楽して日蔭から撮ろうとこの場所を選んだのだが、陽射しがあると橋脚にレールや枕木の陰が写ってしまうのが難点。


「秋晴の通過音」~ F10・SS1/400・ISO200 ~


車両は11:56通過の下り9425D。秋晴れの空を背に広がる枝葉と、その下を渡る風っこの組み合わせは、この時季らしい爽やかさを感じさせてくれた。頭上の樹木を大きく取り込んだ縦構図としてみたが、結果的には少々重たい印象になったかも知れない。ワイド端での撮影は歪みが気になり、その補正を施し併せて生じた余白をトリミングしている。


列車が橋梁へ差し掛かると、車内から手を振る乗客の姿が見える。国道252号線沿い、或いは周辺の何処かで見送る人の姿を見付けたのだろうか。歓声が聞こえる距離ではないが、手を振る仕草からは、この列車の旅を愉しんでいる様子が伝わって来た。


奥会津での撮影を終え、会津平へ向かうことにした。途中、最近にないほどの睡魔に襲われ、到着して直ぐに法用寺の駐車場で仮眠をとる。休息後は、大沼郡会津美里町米田字米沢の根岸駅から桧ノ目踏切周辺を見て回った。多くの田んぼでは既に稲刈りが終わっていたが、所々にはまだ刈り取りを待つ田んぼも残されている。


画像は桧ノ目踏切から北北西を見たもの。西へ傾いた陽射しが斜光となって会津平を照らし、収穫後の田んぼや倒れた稲を柔らかな黄金色に染めていた。列車はまだ来ない。だが、秋の光だけでも十分に見応えのある夕刻だった。


「暮色にほどける時」~ F8・SS1/400・ISO500 ~


車両は16:56通過の上り430D。残念ながらこの時間になると太陽は沈み、西の空には所謂マジックアワーの柔らかな色合いが広がっていた。それはそれで美しく、淡く染まる空の下で見る会津平には、昼間とは異なる静けさが漂う。 風は次第に冷気を帯び始め、日中の暖かさを少しずつ押し戻していく。やがて遠くからジーゼル音が届き、近付いて来る列車は秋そのものを運んで来るように感じられた。


数年前、この一帯では稲刈りが終わると、藁を円錐形に組んだ藁ボッチが田んぼのあちこちに並び、それもまた秋の被写体の一つとなっていた。現在も所々に残ってはいるものの、その多くは線路から離れた場所に見られる程度である。


代わって最近は藁ロールを目にすることが多くなってきた。作業の効率化なのだろうか、風景は少しずつ姿を変えていく。併し暮色の中を列車が駆け抜ける光景だけは昔と変わらず、会津平の秋を静かに彩っていた。


「寂寥ノ候」~ F8・SS1/5・ISO250 ~


車両は17:32通過の下り431D。この日の最後は根岸駅寄りでの撮影となった。駅周辺にも刈り取り前の田んぼが点在しており、「暮色にほどける時」で見た全倒した稲とは異なり、まだ真っ直ぐに穂を立てていた。 当初は駅へ進入する走行中の姿を撮っていたが、矢張り暗いので構図と焦点距離を見直し、駅に停車している状態を写すことにした。


行き慣れた場所だからか、この時間帯になっても、寂しさや郷愁に心を揺さぶられることはないが、もし見ず知らずの土地で同じ光景に出会ったなら、堪らないほどの寂寞感を覚えたに違いない。 振り返れば、この数年はそんな感覚から少し遠ざかっていたように思う。撮影地へ向かい、列車を待ち、そして帰路に就く。その繰り返しの中で薄れていた何かを、暮色の中に浮かぶ列車を眺めながら、そんなことを考えていた。


朝、奥会津へ向かう途中の若松市内や坂下町内は濃い放射霧に包まれていた。視界は悪く、先が見えないため低速走行を余儀なくされる。そんな朝を迎えると、今年もまた冬へのカウントダウンが始まったのだと実感する。


この日は会津中川駅裏に残る、ハセ掛けの風景を目的に奥会津へ向かったのだが、その後は無計画で巡りながら季節の移ろいを追う一日となった。稲刈りを終えた田んぼ、色付き始めた山並み、そして暮色に沈む会津平。何処を見ても秋は確実に歩を進めており、その一瞬一瞬を記録できることの有り難さを改めて感じた一日だった。


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