只見線、東雲より静穣へと続く日
27日(日)、長引く雨模様で気温も安定せず、風邪をひいてしまった。週の半ばには発熱して一日寝込んだが、年齢のせいもあるのだろう、鼻詰まりや身体の怠さがなかなか抜けない。治ったと思ってもまたぶり返し、数日はこんな体調が続くのかも知れない。いつもなら撮影は週末の土曜日としているのだが、今回は体調のことに加え、天候にも恵まれず、久しぶりに日曜日の撮影となった。
さて、今月初めに会津美里町の蓋沼公園から色付く会津平を撮ったのだが、考えてみると今秋はまだ目線での会津平を撮っておらず、この日はその景色を目的に出掛けることにした。

もう何年もソバ畑と田んぼを撮り続けている場所があった。併し近年はソバの生育が芳しくなく、雑草も目立って景観としては良くない。この日もその場所に立って暫く眺めていたが、残念ではあるものの、場所を変えることにした。
向かったのは大沼郡会津美里町米田字谷地甲、根岸駅の裏手から望む桧ノ目踏切周辺になり、下りの始発便は此処から撮ることにした。

「けふの朝は東雲色らし #1」~ F10・SS1/200・ISO320 ~
車両は06:31通過の下り423D。先述した蓋沼公園から俯瞰する眺めもそうなのだが、線路沿いのススキがだいぶ伸びており、車体下部を隠してしまう。以前はここまでではなかった記憶があるのだが、何をするにも人手が足りないのだろうか。
そんな状況なので、ファインダーを覗きながらススキの切れ間に車両を収めるようにシャッターを切った。423Dは単行だが、この状況では却って単行の方が良いのかも知れない。時折り小雨がぱらつく空模様だったが、背景の空は肉眼では気付かないような色合いを見せていた。尚、その空については補正を行っていない。

続いては大沼郡会津美里町米田字米沢、先程の桧ノ目踏切周辺へ移動する。会津平を歩きながら気が付いたのは、稲の倒れ方が実にまちまちだということだった。倒れずに凛と立つ田んぼもあれば、大きく傾いた田んぼもある。その違いは何に因るものなのだろうか。肥料の量が影響すると聞いたこともあるが、数年前には、殆どの田んぼがまるでゴジラに踏みつけられたかのように倒れていたこともあった。

「けふの朝は東雲色らし #2」~ F10・SS1/320・ISO400 ~
車両は06:55通過の上り422D。423Dの通過から24分ほど経つが、東の空の雲間にはまだ赤味が残っていた。立秋が過ぎ、空気の質が変わると、朝にあれほど賑やかだった鳥の声も聞こえない。聞こえるのは、チョロチョロと水路を流れる水の音と、叢から響く秋の虫の声だけ。
そんな静けさの中、800mほど離れた根岸駅に到着した422Dの姿が見える。そして定刻で発した列車の鼓動が少しずつ近付き、会津平の静寂を破るように目の前を通り過ぎる。それは誰もいない涼やかな朝だけに訪れる、至極の一瞬だった。

次は大沼郡会津美里町雀林寺町にて撮影を行う。場所的には雀林踏切から法用寺に向かう途中。此処を選んだのは稲が倒れていなかったことと、少しではあるがソバ畑が見えるからだ。天候は相変わらず雲が多い空模様だが、強い陽射しを好まない私からすると都合が良い。

「羣鳥養羞」~ F10・SS1/400・ISO200 ~
車両は08:05通過の下り425D。タイトルの「羣鳥養羞」とは、群鳥が冬に備えて餌をあさり蓄える頃を指すと云うが、この時間になっても会津平は静かなままだった。時折り車が通ったり、農家の方が様子見に来るが、前日の雨で稲が乾かないのか、私がいる間にコンバインの稼働音を聞くことは無かった。
陽射しはないが、この時間になると光は柔らかさを増し、田んぼもソバ畑も実に美しい。列車の右奥に見えるのは寺崎踏切である。午前中最後の便はその周辺で撮る予定だが、会津平の限られた直線区間を巡る撮影は、風邪気味の身体にも然程負担にはならなかった。

425Dから約30分後、08:34通過の上り424Dをほぼ同位置から撮るが、電柱や電線、そして線路沿いの標識など、目に付くものが少なくなく、フレーミングには気を遣う眺めだった。

先に記した、大沼郡会津美里町寺崎字宮ノ前の寺崎踏切周辺へ向かう。此処からは矢印部に法用寺の三重塔が線路越しに見える。昔はここまで杉林に隠れてはいなかった記憶があるが、木々も年月と共に背を伸ばしたのだろうか。幸い線路沿いの田んぼはまだ稲刈り前で、黄金色の稲穂が広がる眺めを残していた。

「塔 影」~ F10・SS1/500・ISO200 ~
車両は10:10通過の上り426D。線路から三重塔までは直線距離で凡そ1.6kmほどだろうか。構成上、三重塔を大きく取り込むほど車両をフレームに収めるのは難しくなる。併し主役は列車だけではなく、杉林の間からひっそりと姿をのぞかせるその三重塔や、収穫を間近に控えた黄金色の田んぼ、その先に広がる集落でもある。
列車が通り過ぎるのはほんの一瞬。けれど、秋色に染まり始めた会津平の奥で静かに佇む三重塔の存在は、深い緑に半ば隠れながらも殊のほか印象に残った。また、法用寺には以前記事にした「只見線沿線のトイレ事情」で紹介したトイレがあり、会津平で撮影する際にはいつも立ち寄る場所となっている。
午前中の撮影は以上となり、午後からは先週果たせなかった撮影のリベンジで奥会津方面へ向かう。所で英語の“revenge”は「復讐」「仕返し」といった意味を持つが、日本語では「再挑戦」「雪辱戦」といった意味合いで使われることも多く、日常的に目や耳にする機会も少なくない。

奥会津へ車を進めると、山々の色合いが変わり始めていることに気付く。夏の緑は少しずつ色褪せ、所々に茶褐色の木々が見え隠れしていた。さて、午後の一便目は大沼郡金山町大字滝沢字新田での撮影。先週は線路と平行に機材を据えたが、今回は斜め前方に立つ。気紛れに陽が射し、湿度と相俟って暑さが感じられたものの、厚い雲が広がる空模様のお陰で光はフラットに回り、朝と同じく撮りやすい環境だった。

「雷乃収声」 ~ F10・SS1/320・ISO500 ~
車両は14:57通過の上り430D。「雷乃収声」の候となり、季節は足早に秋へ向かう。右手には既に赤く色付いた樹木も見られ、山々の佇まいにもどこか落ち着きが感じられた。線路の奥は国道252号沿いの居平集落。耳に届くのは、その国道を行き交う車やバイクの走行音だけで、とても静かな午後だった。
足元に広がる田んぼも収穫の時期を迎え、風が渡る度に黄金色の穂がゆっくりと揺れる。その一方で、稲の間には濃紫色の穂を伸ばしたアワやヒエの姿も目に付き、この秋はそうした光景を見掛けることが随分と多い。
詳しいことは分からないが、アワやヒエが増えると田んぼにはあまり良くないとも聞く。前々回の撮影記でも触れたように、どこも耕作に携わる人手が不足しているのだろうか。実りの季節を迎えた風景の中にも、少しずつ変わり行く農村の姿が垣間見えるような気がした。

最後は大沼郡金山町大字横田字山根での撮影。先週は光が強すぎたが、此処でも曇り空のフラットな光に助けられた。線路沿い、とりわけ右側は春先から一度も草刈りが行われておらず、草に線路が埋もれて撮影が難しかった。それでもその草々は次第に夏の勢いを失い、漸くご覧のような状態となり、稲の色付きと共に沿線の景色にも少しずつ秋の気配が滲む。

「静 穣」~ F8・SS1/400・ISO500 ~
車両は15:53通過の下り427D。427Dは「塔 影」で撮影した426Dの折り返し便となり、下り側が首都圏色車両になる。それがこの場所を選んだ理由でもある。
ついこの間までは、吹く風も蝉の鳴き声も、そして降り注ぐ光にも、夏特有の賑わいが残っていた。喧噪というほどではないが、大地には確かに生命の勢いが満ちていたように思う。併し今は違う。稲穂は重たげに頭を垂れ、風は静かに田を渡り、辺りには実りの季節らしい落ち着きが漂っている。その佇まいは、夏から秋への移ろいを否応なく感じさせた。
東の空には淡い赤味が射し始め、澄み切った風の中を首都圏色の赤い車両が通り過ぎて行く。鮮やかな車体の色でありながら、不思議と風景を乱すことはない。収穫を待つ黄金色の田んぼと古い家並みに溶け込みながら、その姿は秋の情景に静かな彩りを添えていた。
撮影を終え、機材を車に積み込む。思えばこの日は、朝からずっと自分だけの時間が流れていたような一日だった。誰とも言葉を交わすこともなく、それ以上に人の気配そのものが殆どなかった。撮影に出ればこんな日は決して珍しくない。むしろ誰にも邪魔されることなく、風の音や空の色、それに季節の移ろいだけと向き合える時間は貴重であり、愉しみでもある。
長引く風邪の影響もあり、本調子にはほど遠い一日ではあった。それでも会津平の稲穂の色付きや朝焼けの残照、そして実りの季節を迎えた沿線の景色に触れている内に、少しだけ身体も気持ちも軽くなったような気がする。
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