"2020"早春のLast run

2020/03/13に只見線からキハ40が去り二年が過ぎました。その日は何とか仕事を片付け午後の便を撮りに会津坂下方面へ行く。この年は驚くほど雪が少なく、会津盆地に積雪らしき姿は確認出来なかった。

撮影場所は河沼郡会津坂下町大字五ノ併、若宮駅周辺の金沢踏切。まずは下画像13:38頃通過の下り427Dを撮り全体のバランスを考察する。とはいえ背景の飯豊山の配置と列車に寄るか引くかだが、線路沿いには各標識やポールが立っており、列車に重ならないようそれらをどう処理するかを悩む。


既にお気付きになられた方が多いと思うが、タイトルがLast runとなってはいるものの、最後の運行は今ほど通過した427Dの折り返し便となる430Dです。併し時間の制約があり、平日三両編成となる13:52頃通過の上り428Dが私のキハ40ラストランとなりました。


惜別のLast run」~ F10・SS1/250・ISO200 ~


記憶では風が吹くもこの日の天候は穏やかな春日となり、飯豊山が雲に隠れることはなかった。フレーミングは車両のクローズアップではなく、風景として捉えたかったので結局は引いた構図となりました。撮影後に数日upしていたのだが思うところあり削除、今回の再現像・再upとなった次第。その他にも書きたいことは山ほどあるのだが何れ追々と‥。


凡そ40年の長きに渡り運行されたキハ40、郡山駅~会津若松駅間などの記念走行が予定されていたものの、コロナウィルスの影響で中止、この日の定期運行がラストとなった。


春遠からじ op.2」~ F10・SS1/160・ISO400 ~


此方はラストラン三週間前の02/23、大沼郡会津美里町米田字鴨田乙の桧ノ目踏切周辺で撮ったもの。モノクロの「別カット」は撮影時よりupしてある。車両は10:10頃通過の上り426D。通過を待っていると強烈な吹雪となり、雨具を整える時間的余裕もなくあっという間に下着までグショグショに濡れてしまった。そんなことがあったからか、キハ40というとこの時のことが直ぐに頭を過ぎる。


私が只見線の撮影を始めたのは2014年秋。当初は奥会津の風景を撮るつもりでいたが、只見川や各橋梁などなど奥会津に只見線は切っても切れない関係であった。あれから約八年、足繁く通う日々が続いた訳だが、キハ40の重々しいディーゼル音や山間に響く憂いを帯びた汽笛などなどを思い起こし、何かが終わったようなそんな感じがした。

この画像はキハ40が去って九日後の03/22、大沼郡金山町大字水沼字沢東からの第四只見川橋梁。車両は07:17頃通過の上り424D。いつもと変わらず見慣れたキハ40がやって来ることを心の何処かで無理な希望を持つも、現れたのは近未来的車体のキハE120。そのカラーリング共々改めて喪失感を益々増幅させたというか、夜の街からお気に入りのあの娘が居なくなったような、クリープを入れないコーヒーのようなそんな心持ちで眺めていた。尚、文中の通過時間は2020/01/20~03/31の冬期間時刻になります。


@写真タイトルをクリックするとフォト蔵の大きい画像(別タブ)が開きます。