安達郡大玉村 ”鈴木食堂”


一見、普通の民家の如き佇まいのサッシを開け入店、オーダーを車椅子に座るお婆さんに告げると厨房で息子さんが調理を始める。その間、接客や特に交わされる言葉は無く、ここは地元で”ブス食堂”の愛称で親しまる安達郡大玉村の鈴木食堂。

メニューはラーメン類のみ。息子さんは本宮市の鶏料理専門店”金丸本店”で修行をしたとのことで、金丸本店同様に鶏肉のチャーシューや鶏ガラあっさりスープからなる細麺。
今まで何度か書いているが、個人的に昨今の拘り過ぎやトンコツなどの背脂が浮いたラーメンはあまり好まず、知らず知らず昔々のラーメンの味を求めているのかも知れない

鈴木食堂のラーメンはスープに浮かぶ油が少なく、先に書いたようにクセのないあっさりした味は昔の記憶をふと呼び起こす。正直驚くほど美味いという訳じゃないが、何故か思い出した頃にまた食べたくなる味だ。
因みに麺が普通に比べると少ないかも知れず、男子であれば大盛(画像は大盛)を注文した方が良さそうだ。また休みは火曜日となる。


所でお婆さんが歩行困難になってから水はセルフサービスとなり、それでも店内の片隅で注文と会計の任に就く生涯現役の姿を見る度、何処か自分の母親の姿が重なり愚生も年を取ったというか、歌の文句じゃないけど人生って浪花節だよなぁ‥などと、スープを啜りながら思い遣る。


安達郡大玉村玉井町54


風に語りて - Talk to the Wind -

復活するために私は死ぬのだ

グスタフ・マーラーの音楽と出会ったのは確か高二の夏、NHK-FMから流れていた第二交響曲「復活」であった。当時ピンク・フロイドやキング・クリムゾン、そしてジェネシスなどを聴いていた愚生にとってそれは驚愕に与えする内容、且つ音楽というものを改めて考え直す起因となり、あれから様々な音楽を聴き現在に至るが、個人的範疇に於いてはどの音楽もマーラーに勝るものはない。


マーラーは交響曲及び歌曲の作曲家としてロマン派の最後を飾るのに相応しい音楽家であり、また指揮者でもある。若かりし頃の音楽観は神への賛辞や憧れ、そして奇跡を求めていたが、愛児の逝去や持病であった心臓病の悪化などやがては絶望へと深化、死を最大のテーマとして扱うようになる。


そんな彼の完成された交響曲は全部で10曲、その中でも個人的に好きなものは一、二、五、九番だが、どれかを一曲となれば九番に落ち着く。この曲は自らの生命の彼岸を悟った内容で、第一楽章での生への執着と死への絶望感との葛藤が凄まじく、聴く者に恐怖とおののきを覚醒させる。
併し最終第四楽章では、全てを悟ったかのように弦楽器の空気感のみが漂う演奏の中、後ろ髪を引かれながらも黄泉の国、自らの彼岸への階段を一歩一歩登る様が見事に表現される‥と、書きながら、多くの方に勧めるのは前出した第二交響曲「復活」であります。


この曲は彼がまだ若く夢や希望に満ち溢れてていた時期の作品で、ダイナミックであり且つ思慮深い内容になっている。特に最終楽章に於ける複雑な転調を繰り返しながら一気に登り詰め、その後一瞬の静寂から立ち上がる合唱隊とメゾ及びソプラノの感動的な構成は、先に書いた通りどんな音楽も平伏す。

クラシックはポピュラー音楽と異なり自演の音源は当然の如く数が少なく、後の指揮者やオーケストラにより楽曲が生きもすれば真意が伝わらないこともある。愚生が薦める指揮者はマーラーと同じユダヤ人のレナード・バーンスタインだが、彼は生涯に於いて60年代にCBS、80年代にドイツ・グラモフォンに残したマーラー交響曲全集が存在し、個人的に円熟した解釈と朗々としたテンポ、そして音質面を含め後者が愛聴盤になっている。


さて最初にマーラーはロマン派の最後期を飾るに相応しいと書いたが、その音楽性は調整音楽ぎりぎりの展開及びメロディが特徴であり、彼の影響を受けたシェーンベルクやベルク等は、後に新ウィーン楽派と呼ばれ12音階技法や無調整音楽を創作することになる。


これらは現代音楽や前衛音楽の礎になるもので、やや強引な捉え方をすればマーラーの音楽は現在に於いてもプログレッシブな輝きを失うことはなく、且つ歴史を辿れば必ずやその姿が見え隠れすると感じている。



この動画はバーンスタインが74年頃にロンドン交響楽団を指揮した、最終第五楽章のクライマックス部分。高らかと響く復活への賛歌は、ユダヤ並びにキリスト教徒ではない愚生であっても、宗教や民族の垣根を超越し聴く度に目頭が熱くなる。


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バルトの楽園

06年の映画「バルトの楽園」を久々に観た。内容は第一次大戦、徳島の坂東俘虜収容所々長として人道的に捕虜に接した会津出身の松江豊寿大佐を描いている。
松江豊寿は幼少時分に目の前で起きた出来事、戊辰戦争に於ける会津藩敗戦の際、敗者に対する薩長の非人道的行為、加えて生き残った士族を不毛の地、斗南への強制移行され辛苦の生活を余儀なくされたことなどが後の彼の行動に大きく関わっている。

映画の中でもこの辺りのことは回想として描かれており、毎度の事ながら会津人の精神とは素晴らしいものだと感じ入る。そういえば「北の零年」に於いても、ラストで豊川悦司扮する高津政之が旧会津藩士と名乗り一人突撃するが、これも何故かしら心を揺さぶるものがあった。


ドイツの敗戦と共に捕虜は帰国することになるが、捕虜の多くは職業軍人と異なる一般市民だった為、坂東の住民と多岐に渡る交流の中で数々の文化や技術を置き土産にしている。日本に残るドイツ人も多く後のお菓子メーカー、ユーハイムの創業者もこの中の一人のようだ。


物語の最終、第九の演奏を聴きながら盲目のドイツ人捕虜が「ドイツが見える」と呟く。そして日本とドイツの牧歌的風景が入れ替わって行くが、個人的にこの映画のメッセージが此処にあると感じた。
それは最近では当たり前のように云わるボーダレスという言葉であり、確かに様々な意味で人としての在り方が世界共通になることは望ましい。併し日本には日本の、そして他国には他国の文化と思想があり、互いにそれを越境する行為はとても難しい。


語弊がある書き方と承知の上、先進国の人々は物理的にも精神的にもその他の人々を理解しようとする余裕があるが、昔からの恨みや宗教などに凝り固まった国々に対し、互いに理解を求めても逆に対立が大きくなることになる。


このような世情にあって、松江豊寿は心の奥底に薩長に対する憤りを持ち続けたかも知れないが、自らの悲哀をバネに育った良心的な人格から弱者に対して優しく接したように、自分も含め世界中の人々が本当の意味でボーダレス化となるには、膨大な時間と道徳が必要だと思う今日この頃。


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冬季撮影用グローブ

今まで冬の撮影には「MATIN マルチシューティンググラブ」を使っていたのだが、この製品はカメラ操作の際に指先を全て出すのがネックであり、従って新たに「Kenko 握 グローブ」を購入してみた。


「Kenko 握 グローブ」は親指と人差し指のみを出す仕様。これはイイネと思いきや、愚生はフィルターを多用する撮影だということにふと気付く。つまり通常でもフィルターの装着って巧く収まらないことがあり、中指・薬指そして小指と手袋をしたままで果たして難なくこなせるか否か、早速実地テストを行ってみる。

結果は少々やりづらいものの思った程ではなかった。併し繰り返すが、通常であっても誤って落としそうになることが多々あり、特に手が悴む冬季はいつも以上に気を遣う必要がありそうだ‥と、此処まで書いておきながら、それなら今まで同様、指先は冷たいけれど使い慣れた「MATIN マルチシューティンググラブ」の方が良いのではと悩むが、何れにせよこの場で結論は出ないので次の撮影にて使い心地を試してみる。


所で両手袋とも片側を無くさないように左右を連結するフックがある。更に「MATIN マルチシューティンググラブ」は外す際に指をかけるループなど細かい所に気配りがあるが、最近まで韓国のメーカーだとは知らなかった。


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いわき市久之浜町 ”からすや食堂”

‥東日本大震災による津波は、いわき市久之浜地区をのみ込み、およそ800mの間に点在していた四十の商店は流出、同時に発生した火災と相まって壊滅的な被害をもたらした‥

以上は中小機構のHPに記載されていた文面であるが、その中小機構が東日本大震災の被災地で建設を進める仮設施設整備事業のトップを切り、2011年09月にオープンしたのがいわき市久之浜町"浜風商店街"だ。詳しくは「HP」をご覧頂くとして、波立海岸などなどの撮影の際、昼時にはからすや食堂にお邪魔している。

場所は常磐線久之浜駅の裏側、久之浜第一小学校々庭の一角に仮設店舗が並ぶ。店内にはNHK大河ドラマ”八重の桜”の出演者が来店した際の写真、そして仮設店舗なので壁に直接書かれたサインなどが目を惹く。

あっさりとしたラーメンを好む愚生からするとからすや食堂の味は希望するものであり、加えていつもは麺柔らかめを注文する。餃子はカリッとした皮で食感も味も良い。因みにラーメン450円、餃子300円。


近くを走行の際は是非一度立ち寄ってみて下さい‥と、ステマみたいなことを書いてるが、被害を受けた海岸沿いの景観や環境が以前の姿に戻ることは難しい。それでも商店街に訪れる人々を眺めていると太く太く生きているように見受けられ、全く以て定まらぬ愚生の浮ついた気持ちが問い質されているようにさえ感じる。


いわき市久之浜町久之浜糠塚15


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