雲の切れ間を追って、只見線桜紀行
11日(土)、この日は朝に用事があり、撮影に出掛ける予定はなかったのだが、あちこち車を走らせている内に、気付けば自然と会津へ向かっていた。とは言え家を出たのは08:00頃で、始発便などの撮影には到底間に合わない。

そんな状況もあり、時間的に無理のない大沼郡会津美里町字大道端乙の宮川橋梁へ向かうことにした。会津までの道中は雨風が強く、撮影できるかどうか不安だったが、到着する頃には小雨に変わり、風も収まりつつあった。

「春嵐のあとに」~ F10・SS1/500・ISO400 ~
車両は10:14頃通過の上り426D。雨風は弱まりつつあったものの、空にはまだ暗雲が立ち込めていた。併しながらこの重さも悪くないと思い、手前の無造作な川原は極力省き、雲を大々的に取り込む構図を選んだ。雨上がりの緑や桜の色は、暗い空にも負けず鮮やかで、むしろその重さを背景に際立って見える。
そして久しぶりに目にする首都圏色車両の赤も、その鮮やかさに一役買っているようだ。この列車は会津若松で折り返し午後一の下り便となる。その際は首都圏色車両が先頭に立つため、この時点で午後の撮影イメージが自然と頭に浮かんでいた。

426Dで午前中の只見線は運行を終え、午後までは時間が空く。そこで大沼郡会津美里町字船場、向羽黒山城跡の二曲輪展望台から “一ノ堰羽黒墓地の種蒔桜” と会津線を撮ることにした。向羽黒山城跡についてはこれまでの撮影記でも触れているので、詳細は会津美里町の「向羽黒山城跡特設サイト」を参照されたい。


二曲輪からは只見線の撮影も可能だが、年々木々が伸び、視界が狭まりつつある。上画像は展望台から望む只見線の大川橋梁で、因みに矢印は03/22に「蟄虫啓戸」を撮った立ち位置。下画像は只見線沿いの北会津受水塔だが、葉が茂る季節には完全に隠れてしまうだろう。

「花影のひらける方角」~ F10・SS1/500・ISO320 ~
車両は11:44頃通過の下り3156D。その前に、11:39頃通過の上り2109Dで構図などの様子を確認した。いずれも画像右側に位置する門田駅11:41発の列車である。空模様は回復の兆しを見せ、大きな雲が次々と流れ、地表には光と影がめまぐるしく生じる。つまり露出が定まらず、車両がファインダーに入ってからISO感度を調整した
四年ほど前は展望台下の樹木が伸び、視界を遮っていたが、伐採により見通しが改善された。また当時、“一ノ堰羽黒墓地の種蒔桜” に立ち会津磐梯山を背景に撮ったこともあるが、私的には、ここ二曲輪からの眺めの方がしっくりくる。

午後は瑞光寺橋を見下ろす、河沼郡柳津町大字小椿字下平甲に立った。車両は13:17頃通過の上り428D。桜の季節には毎年訪れている場所だが、午後からの光は桜の輪郭を硬くし、背景の山々を押し出してくる。これはこれで悪くはないものの、やはり午前中の柔らかな光で撮り直したい気持ちが先に立つ。
柳津町周辺には他にも撮りたい場所が幾つかある。もしかすると、明日は久しぶりに二日続けて撮影に出ることになるかも知れない‥ふと、そんな思いが頭を過ぎった。

この日の最後は、午前中に見た首都圏色車両からイメージが浮かんだ、河沼郡柳津町大字柳津字寺家町甲、福満虚空蔵菩薩の裏手で撮影することにした。昨年末には雪景色を撮ったが、この場所で桜と只見線を撮るのはおそらく五年ぶりになる。

「ひかりと春影の轍」~ F10・SS1/500・ISO250 ~
車両は14:07頃通過の下り427D。桜の季節、向かって来る車両を正面から捉えるには此処しかない。加えてこの時間は線路沿いに撮影者が集まるため、その姿を取り込むことも想定していた。ただ支柱や標識などなど、左右には省きたい要素が多く、どうしても日の丸構図になりがちだが、それも時と場合によりけりか‥。
また先述したように雲間から入れ替わりで射し込む陽光に対し、通過間近まで露出が決められず、此処でも列車の姿を確認後にISO感度を設定した。↓動画でご覧頂けるが、立ち位置は線路とほぼ同じ目線となり、足場が悪く通過を待つ間に足腰が痛くなってくる。そうした事情もあってか、この位置で撮影している人を未だ見掛けたことがない。
春の天気は落ち着かず光も影も長くは留まらない。中途な時間からの撮影になったが、その移ろいの中で只見線を追った。風が止み、雲が流れ、桜が揺れる。そんな些細な変化に足を止められることが、撮影の楽しさなのだと思う一日だった。
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