相馬からいわきへ。春の潮香と眠らぬ脈動

M.Hermitage

15日(日)、週末は気温が上がるとの予報。夜明けの満潮に合わせ、春の潮香を求めて相馬市尾浜のカゲスカ海岸へと向かった。気温は1℃、只見線など極寒の地でシャッターを切る身にとっては、春の訪れを感じさせる柔らかな暖かさだ。

夜明け前、海原には漁に励む漁船の灯が点々と連なる。04:30頃に満潮を迎えたが、下画像のようの新月へ向かう下弦後の三日月ということもあり、潮位はそれほど高くはなく、打ち寄せる波の勢いもどこか穏やかだった。


春 潮」~ F13・SS1/1.3・ISO100・ND100 ~


満ちてくる春の海が、濡れた砂浜を黄金色の鏡へと変えていく。引き波が残した薄い水の膜は、昇りゆく太陽の光を足元へと運び、一日の始まりにふさわしい静かな生命力を宿す。右端の鵜ノ尾埼灯台のシルエットが、この光景に場所の記憶という重みを与えているようだった。因みにこの画像のように、灯台脇から太陽が昇るのは二月と十月の年に二度となる。


カゲスカ海岸を後にし、海岸沿いを走る県道74号浜街道を南下、いわき市へと向かう。画像はいわき市久之浜町田之網字舟門、蟹洗海岸から望む弁天島。日の出の頃には水平線上に雲が見られたものの、その後は日没に至るまで雲ひとつない快晴となった。この”雲ひとつない青空”が災いし、長露光撮影による空の表情の変化は叶わなかったが、突き抜けるような蒼天は春の訪れを象徴しているかのようだ。


日中の長露光撮影が叶わず、あちこちで時を消化しながら夕刻を待ち、いわき市薄磯一丁目の薄磯海岸を訪れる。三週間前には遠くに見える塩屋崎灯台下から撮ったが、今回は賽の河原側を立ち位置とした。日没を迎えても空気は暖かく、辺りが暗闇に包まれてもなお、海岸には子供たちの楽しげな声が残っていた。


仄かに淡い黄昏 #1」~ F10・SS144.8・ISO200・ND100+ND400 ~


仄かに淡い黄昏 #2」~ F10・SS30・ISO100・ND100 ~


太陽が姿を消し、空と海が溶け合う境界の時間。パステル調の紫とピンクが波打ち際から砂浜へと染み出し、周囲の音さえも吸い込まれていくような静寂を描き出す。灯台が点灯する前後の二枚を掲げるが、刻一刻と変わりゆく色の階調、そして仄かにという言葉の通り、消えゆく残照の余韻と遠くで灯り始めた灯台の微かな意思が同居する、もっとも繊細な一刻であった。


最後はいわき市岩間町川田の勿来IGCC発電所を訪ねた。此処は定期的にレンズを向けている被写体だ。その都度、新たな切り取り方や立ち位置を模索するのだが、結局はいつもの定点へと辿り着いてしまう。尚、この画像はアオリ補正前の、ありのままのパースペクティブだ。


夜の歌」~ F14・SS19.3・ISO100 ~


自然の残照が消え去った後、闇を支配するのは人の営みが放つ鋭い光だ。緻密に計算された垂直のラインと、闇を切り裂く赤い光跡。それは、眠ることのない文明の脈動を象徴しているかのようだった。冷徹な鋼鉄の構造物でありながら、夜に咲く華のような人工的な艶やかさを纏い、重低音で響く稼働音は、静寂の中で奏でられる「夜の歌」そのものであった。


文中で時を消化しながら夕刻を待つ‥と記したが、日中、急激に上がった気温に抗えず、シャツ一枚となった。おそらくは16℃程度だったろう。だが冬の寒さに慣れた身体にはその熱気はあまりに急烈で、まるで血管が俄かに膨張したかのように眩暈がし、心地が悪くなった。食欲も失せたが、午後になり気温が下がり始めると、その不調も次第に凪いでいった。


福島の春はまだまだ先のことだが、風景が春の色を帯びる一方で、身体がその速度に追い付こうと軋みを上げている。そんな確かな季節の転換点を感じた一日だった。


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