朝露零れ落つる美しき原風景の奥会津
13日(土)、関東周辺が梅雨入りとなり、福島もほどなく同じ気配に包まれるだろう。そんな週末の奥会津は、山霧が棚引き、朝露が静かに零れ落ちる気配さえ感じられるような、しっとりとした朝だった。空気はまだ冷たく、谷間に溜まった白い気配がゆっくりとほどけ行く。

当日は全く撮影の予定を立てておらず、沼沢湖へ続くフェアリーロード沿いをあちこち巡ってみた。併し樹木や生い茂る雑草で見通しが利かず、かつて入れた場所も閉ざされており、田んぼに沈む静けさが朝の気配をゆっくりと抱き込む、大沼郡金山町大字中川字下居平からの中川集落を見渡すことにした。

「汽笛渡りて一番列車」~ F8・SS1/250・ISO640 ~
車両は05:36頃通過の上り422D。いつもは画像右側、田んぼの畦道に立つことが多く、此処からの撮影は久しぶりになる。週末のまだ目覚めぬ集落の朝、その眠りをそっと起こすように始発便が往く。沿線では列車の通過で時刻を知る‥以前、地元の方に聞いたのか、それとも何かで読んだのかは忘れてしまったけど、そんな奥会津の日常に相応しく美しい景観だった。

続いて山霧が晴れぬことを祈りながら、大沼郡金山町大字横田字上積田へ向かえば、画像のように到着時は良い感じで棚引いていた。本当は田植え前、田んぼに水が入った頃に撮りたかったのだが、ずっと機会に恵まれずにいた。尚、右側奥は会津横田駅になる。また先週は矢印部で午後の上下便を撮っていた。

「未醒に佇つ」~ F10・SS1/320・ISO200 ~
車両は07:37頃通過の上り426D。先週の繰り返しになるが、線路沿いには多くの標識が立ち、更には沿線に伸びた雑草で車体が隠れてしまう。それらを避けるため、撮影前に線路沿いを歩き置きピン位置の確認を行う。
コトコト走る列車の窓から見渡せば・・・六角精児バンド「只見線のうた」の一節だが、車窓に広がる四季折々の田園風景や旧家の佇まいは只見線の最大の魅力、日本の原風景だと思う。山霧は晴れることなく何とか撮ることが出来たが、雲間から太陽が顔を覗かせると霧はあっという間に流れて青空が現れた。

次は昨夏の川霧以来となる大沼郡金山町大字滝沢字下中山、二本木橋上から第七只見川橋梁を望む。到着時は穏やかな光具合だったものの、次第に陽射しが強まり、川面の静けさとは対照的に、光のコントラストが少しずつ表情を変えていく。

「翠 影」~ F10・SS1/250・ISO200 ~
車両は08:41頃通過の下り423D。車両通過前までは水面に乱れがあったが、通過時には美しい写り込みとなった。写り込み自体は申し分ないものの、この光の強さは個人的にはあまり好みではないながら、久しぶりの首都圏色の単行ということもありupすることにした。
当日、そして翌日の二日間は三島町で工人まつりが行われ、会津若松~会津川口間で一往復する臨時列車が運行するなど、423D撮影後も午前午後と撮れる便は数本あったのだが、陽射しの強さに撮影は行わなかった。

例えばこの画像、大沼郡金山町大字横田字山根で撮った15:02頃通過の上り430Dもそうだが、春から初夏にかけての穏やかな光とは異なり、空気を貫くように刺す陽射しはどうしても好きになれず、これからは暑さも伴い尚のこと躊躇してしまう。

「翠 影」で撮った首都圏色単行が小出より戻る夕刻、大沼郡金山町大字本名字船渡、金山町多目的体育施設御神楽館駐車場にて夏井川橋梁を撮影する。立ち位置は二ヶ所あり、単行に適した施設脇を選択する。矢印は先週撮った位置。

「静寂破りて静寂至る」~ F8・SS1/160・ISO500 ~
車両は18:47頃通過の上り434D。黄昏が迫りアンバー色が募る。さっきまで鮮やかだった緑色の木々は次第に輪郭を失い、光の温度だけがゆっくりと沈んでいく。列車の走行音が谷にほどける頃、空気は昼の名残を僅かに帯びながら、夜へと向かう気配を深めていた。
橋梁から左に凡そ250m先は本名駅になるが、橋梁左、そして下の家々に住人はいない。時折り親族などが様子を見に訪れているようだが、奥会津にはこうした“空き家”が点在しており、朽ち始めた姿も少なくない。かつては田の音や子どもの声があったであろう家々も、今は静けさだけが積もり、季節の移ろいだけが淡々と刻まれていく。人口が減り続けるこの地域では、暮らしの灯りがひとつ消えるたび、風景の輪郭もまた少しずつ薄れていくように思える。

「静謐の渡橋」~ F2.8・SS1/80・ISO1000 ~
最後は大沼郡三島町大字名入、第三只見川橋梁の撮影。車両は今ほどの434D、19:30頃の通過。殆ど沈みかけた光を、かろうじて掬い上げる肉眼に近い露出設定。谷は既に夜の入口に差し掛かり、列車の灯りが橋梁を渡る一瞬、暮色の奥に沈んだ風景がふっと浮かび上がり、また直ぐに深い藍へと傾き、山影だけが静かに輪郭を保っていた。
梅雨入り前の奥会津は、季節の境目がそのまま風景の表情となり、光と霧と静けさがゆっくりと混ざり合う。撮影地を巡るたび、変わらないものと変わっていくものが交互に現れ、写真を撮る行為が記録であると同時に“見届けることでもあると感じさせられる。この日の光は優しくはなかったが、その強さもまた季節の一部であり、奥会津の時間の一部だった。
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