あの空はけふの暑さの所以也
11日(土)、「川霧追う私の夏は朝早い」・・・そんな夏を何年過ごしただろうか、そしてこの日も暗い内から家を出る。湿度を含んだ空気は重く、肌にゆっくりまとわりつくが、果たして奥会津は、今どんな表情を見せているだろうか‥。

先々週、霧が流れてしまった大沼郡三島町大字名入の第二只見川橋梁を最初の目的地とし、国道400号線から霧の状態を伺ってから撮影ポイントへ向かう。当日は山霧の気配は薄く、川霧が中心となって立っていたが、最盛期のように猛々しく山肌を駆け上るような姿はなかった。

「たゆたう朝の奏鳴」~ F10・SS1/320・ISO200 ~
車両は06:01通過の上り422D。今月のこの時間、太陽は高い位置にあり、時折り雲間から顔を出す。すると僅かな時間だが川霧が薄ピンクに染まり、今回はそのタイミングに上手く叶うことが出来た。先述したように川霧が山肌を上れば更に佳き景観となるのだが、列車が橋梁を通過する、10秒ちょっとの間だけでもこの状態が続いたことに感謝したい。
「たゆたう」とは、水や空気の中でゆらゆらと揺れ動いて定まらずに漂うことを指すが、川霧と一寸の光による「奏」といった眺めだった。因みに一ヶ月経てば太陽の出方や日の出の時間帯が変わり、また違った表情になる。

撮影を終えて山を下りる頃、勢いを増した太陽が肌を刺してきた。そんな中で向かったのは、大沼郡三島町大字早戸の霧幻峡。「霧幻峡の渡し 公式予約サイト」で確認すると、07:00に二艘の渡し舟が運行する予定だった。到着したときは程よく川霧が漂っていたものの、次第に太陽光に掻き消されていった。

「森竝に風の鳴るかな」~ F8・SS1/320・ISO200 ~
残念なことに、舟が進み出す頃になると霧はほぼ流れてしまった。それでも所々に名残の霧が漂い、対岸の写り込みと重なり合う瞬間の、その僅かな気配が、静かな水面の奥行きをそっと支えていた。
彼是八年以上前になるのか、まだ雨沼側に舟着き場があった頃は頻繁に撮っていたが、気付けばこの日は若い男女が船頭を務めているなど、知らず知らず時は流れているようだ。

時間はまだ07:00台だが、奥会津特有の湿度と陽光で汗が噴き出す。まだ身体が酷暑に慣れていないこともあり、毎夏のことながらこの陽気は堪える。そんな中、普段はあまり撮らない第六只見川橋梁へ向かった。立ち位置は、大沼郡金山町大字本名字唐倉の稲荷神社がある付近。
車両は07:54通過の上り426D。このような状況でもあり、ロケハンと云うか実験的な撮影なのだが、確認すると太陽の位置さえ適えば何とかなりそうな手応えがあった。

午前中の最後は先週先客があり、撮影ができなかった大沼郡金山町大字横田字山根へ向かえば、目的である紫色の紫陽花だけはまだ褪せずに咲いていた。逆光になるが、薄曇りなので気になるような陰日向・輝度差は生じなかった。

「奥会津ヲ旅ス op.4」~ F10・SS1/400・ISO200 ~
車両は08:40通過の下り423D。田んぼの畦道沿いに咲くこれらの紫陽花だが、自然のままで特に手入れされている訳ではない。従って草刈りが行われないと、鬱蒼とした状態になる。今年は草刈りが行われたようだが、それでも自ら草や枯れ枝を除去するようになる。
それにしても暑い。薄曇りの空ながら何より湿度の高さで汗が滲む。早朝、第二只見川橋梁
で見た空はこの暑さへの兆しだったのか、会津川口方面に戻れば時間的に撮れる車両はあるのだが、早々と日蔭を求めて移動する。

午後は只見町の叶津川橋梁の撮影から始める。昼が過ぎた頃から雲が多くなり、ちょっと涼しい風が吹いてきた。おそらく雨の予兆だとは思うが、まだ一粒なりとも頭上に降りて来ない。
画像は南会津郡只見町大字叶津字下八木沢からの叶津川橋梁。フラットな光に山々の緑が美しかったのだが、至って凡庸な内容となる。車両は14:40通過の上り430D。そう云えば先々週からキハE120ばかりが目の前を通り過ぎていたが、久々のラッピング列車を目にした。

場所を移動し、此方は字下稲田からの叶津川橋梁。上部の木々の葉を額縁構図として活用する試み。立ち位置の背後には数件の民家があるが、冬季は雪に閉ざされており、つまりそれ以外の季節だけの居住になると思う。
木陰に停めた私の車のバックドアを開けたままにしていたところ、その家の猫がひょいと乗り込んでしまった。慌てて追いかける家人とのやり取りは、まるでサザエさんのワンシーンを見ているようで、その場の静けさに思いがけない柔らかな気配が差し込んだ。

「炎陽伏ス」~ F10・SS1/250・ISO200 ~
車両は16:15通過の下り427D。暑さをもたらしていた太陽は厚い雲に隠れ、まだこんな時間ではあるが空に赤味が差し始め、どこか一日の終わりを思わせる色合いが漂っていた。
今にも雨が降り出しそうな気配だが、湿度は変わらず肌にまとわるような重さが残る。雲間から僅かに射す光が車両の側面を幽かに拾い、そんな曖昧な光と空気感が、そのまま画面に沈殿して行くようだった。

会津川口方面で最後の撮影を行うべく金山町に戻る。その途中、雨がポツリとフロントガラスに落ちてきた。思い付きでワイパーを動かす程度の雨だが、僅かな雨でもそれがきっかけにならぬかと、大沼郡金山町大字西谷字下川原からの第五只見川橋梁へ向かってみれば、画像のような状況となっていた。

「静かなる帰路」~ F5.3・SS1/100・ISO800 ~
車両は18:49通過の上り434D。霧は消えることがなかったので撮影を行った。経験上、此処からの川霧はこの程度がちょうど良い。実際、14分後に通過する下り431Dの際は橋梁付近も霧に包まれ、更に暗さも相俟って良い景観とは言えない結果となった。
434Dは「奥会津ヲ旅ス op.4」の423Dが小出で折り返してきた車両である。423Dは只見線全区間での下り始発便であり、434Dは同じく全区間での上り最終便になる。長かった一日が終わり、夜の帳が降り始める頃、そんなことを想いながらファインダーを覗けば、毎度のことだが無性に郷愁感を覚える。
撮影を終え帰路に着く。途中の大志集落や第四只見川橋梁付近での川霧は殆ど見られなかったものの、霧幻峡周辺では闇の中を静かに漂っていた。以前から折に触れて書いているが、この数年、川霧の様子は昔とは変わってきたように思う。生き物のように蠢き、山肌を駆け上がる姿、そして条件が揃えば昼頃まで漂っていた川霧も、今ではそんな光景に出会えない。
そもそも川霧は梅雨入りから八月にかけてが旬だった。併しこの数年は早々と五月に立ち始める一方で、かつて最盛期だった七月から八月には、却って立ち難くなっているようだ。これらは暑さによって水温と気温の差が小さくなっている為なのか、それとも山々が蓄える冷気の量そのものが変わってしまったのか、その理由は分からないが、季節の移ろいを知らせてくれる存在だっただけに、その変化を目の当たりにすると、静かな寂しさが胸に残る。
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