谷のうぐいす歌は思えど‥只見線早春紀行

M.Hermitage

28日(土)、県内からも桜開花の便りが届き始めたが、季節の移ろいが早過ぎて、身体がその変化に追いつかない。夜明け前とはいえ確かに暖かさはあるのだが、この日、撮影に訪れた奥会津の風景を眺めていると、尚のこと意識は冬に取り残されたままのように感じられる。

季節の移ろいに追い付かない身体ではあるが、着実に雪解けは進んでいる。最初に訪れた、大沼郡三島町大字西方字居平から眺める第一只見川橋梁に於いても、雪の姿はなくなっていた。記憶では昨年の今頃はまだ雪に埋もれていたと思う。


谷のうぐいす歌は思えど...」~ F8・SS1/160・ISO250 ~


車両は06:05頃通過の上り422D。この日は景観を覆い隠すように深い山霧が立ち込めていた。冬枯れの山々が剥き出しになるこの季節、その殺風景さを霧が優しく包み込み、幻想的な世界が広がる。図らずもこの日は私の誕生日。もしかするとこの霧は、自然が贈ってくれた演出だったのかも知れない。


早朝、この地での撮影の度にトラツグミの鳴き声が響く。その清々しい声は風景と溶け合い、漸く冬の終わりを告げているようだった。そういえば10日ほど前、自宅の周りで鶯の初鳴きを聞いたが、この地の鶯はまだタイトルの如きのようだ。


続いて大沼郡金山町大字横田字山根へと向かう。道路沿いの積雪は、先々週に比べると半分ほどに減ったようだ。この地も深い山霧に包まれ、背景の山々も第七只見川橋梁も、その姿を白く隠していた。


春遠からじ」~ F10・SS1/500・ISO320 ~


車両は07:37頃通過の上り426D。構図を悩んだ結果、今年初の個人的定番ポイントで撮ることにした。車両通過を待つ間、手前側に写り込む枝々を剪定するなどをして過ごす。線路沿いの草木はこれからの季節、撮影の度に手を焼くことになるだろう。


先に残雪は半分になったとは記したが、霧に煙るこの場所では、まだ冬と春が同居しているかのようだ。春は名のみの風の寒さや・・・まさにその一節が相応しく、冬が去り難そうに留まる早春の景色が広がっていた。


次は橋桁に立て掛けられた、ボートや農業資材が以前から気になっていた叶津川橋梁。この橋梁は立ち位置によって住所が異なり、今回は南会津郡只見町大字叶津字居平になる。車両は09:01頃通過の下り423D。到着時は山霧が全景を包み込み、霧間から射し込む陽光が美しかったが、通過時にはすっかり晴れ渡ってしまい、見慣れた風景に落ち着いてしまった。


列車を待つ間、地元の方と話す機会があった。過疎化が進む奥会津では空き家が目立つが、最近は都会からの移住者も多いという。だが、冬の凍てつく寒さと、すべてを閉ざす雪の生活に音を上げ、去っていく人も少なくないそうだ。


子供の教育環境も切実だ。奥会津には只見高校や川口高校があるが、地元生徒の在学率は半数ほどで、他は会津若松市内の高校へ進学する。通学は困難なため、その多くは親元を離れて下宿生活を送ることになる。景色が美しい、食べ物が美味しいといった憧れだけで、この雪国の暮らしを維持するのは、決して容易なことではない。

会津方面へ戻りこの日最後の撮影に臨む。早春の会津平を見渡そうと蓋沼森林公園を考えたが、現在は冬季閉鎖中であり旧道側のゲート周辺ポイントへ向かうことにした。道中は落石や倒木が目立ち、車一台がやっと通れるほどの悪路。最終的には残雪に阻まれゲートまで辿り着けず、登坂途中の根岸駅を望める大沼郡会津美里町雀林字前坂から撮ることにした。


矢印部が根岸駅。因みに根岸駅の所在地は会津美里町米田字南地中甲だが、当ブログでは撮影地、立ち位置の住所明記としている。


田面甦る」~ F10・SS1/500・ISO125 ~


車両は13:53頃通過の上り428D。線路沿いはススキが車体を隠してしまう懸念があり、まずは13:29頃通過の下り427Dにて構図、及び様子を確認する。427Dは長らく充当運転による単行状態が続き、本命は矢張り運用される車両カラーなどにより428Dだった。


これまで水田や青田、そして黄金色の稲穂が実る頃にも撮ってきたが、春の目覚めと共に土の匂いが立ち上がるこの時期の景観も格別の美しさがある。手前の杉林に隠れて見えないが、早くもトラクターが稼働しており、気付けば山腹にいながら、シャツ一枚で過ごせるほどに気温が上がっていた。


後で知ったことだが、この日の会津若松市の最高気温は19℃。早朝の撮影であった「谷のうぐいす歌は思えど...」の頃とはまるで季節感が異なり、冒頭で書いたように身体がその変化に追い付かない。併しながら取り残されていた冬の意識も、この陽光の中で少しずつ書き換えられているのかも知れない。


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