奥会津、生活の続く深い場所

M.Hermitage

26日(土)、深夜に外に立つ。すると怪談話ではないけれど、生暖かい風が肌に触れ、この重々しい空気感は川霧が立つ前触れ‥そんな予感がふっと過る。もっとも、これは私の住む所での天候なので、実際の奥会津がどうなのかと車に乗り込む。尚、この日はサマオク同伴なので、撮影は午前中のみの予定。

いつもは会津川口駅で夜間停泊している車両の確認を行うが、この日は最初の目的である第二只見川橋梁へ真っすぐ向かうことにした。現地に着いてみると、周辺の気温も湿度も低く、川霧は立ってはいるものの、継続は望めそうにない気配が漂っていた。


そんな状況なので俯瞰でもホワイトアウトにはならないだろうと判断し、大沼郡三島町大字名入のポイントに立つ。到着した時点では見通しが利かず、霧の層に包まれていたが、次第に画像のような佳い景観へと変わり、このまま時が流れてくれればと願っていたのだが‥。


Awakening」~ F10・SS1/200・ISO200 ~


車両は06:02通過の上り422D。二度三度とホワイトアウトを繰り返しながら、川霧は次第に山霧の気配へと姿を変えて行く。霧の合間から射し込む陽光が川面を照らし、車両が通過する頃には、その山霧もゆっくりと流れ始め、結果としては画像のような景観となった。


霧や水面の写り込みは、毎度のように思うようには行かない。思うように行かないからこそ、また足を運んでしまうのだが、この夏も暫くは、川霧の行方を追い続けることになりそうだ。撮影時、深峡の目覚め‥そんなタイトルを考えていたが、時間の目覚め、夏の早朝の目覚め、そして川霧シーズンの目覚め、そんな幾つもの始まりを重ねてみた。


422Dの撮影後、他の橋梁での撮影も考えていたが、先述の通り霧は流れ、更に太陽が顔を出し、私的には撮影に向かない環境となってしまった。そこで、いつもの大沼郡金山町大字横田字山根に立ち寄り、美しい緑田の風景を撮ることにした。


手をふれば汽笛応える只見線 #1」~ F10・SS1/250・ISO200 ~


手をふれば汽笛応える只見線 #2」~ F10・SS1/250・ISO200 ~


車両は07:37通過の上り426D。第七只見川橋梁を背景に構図を組む。それにしても、何と鮮やかで美しい田園風景なのだろう。空に浮かぶ雲の形も表情豊かで、見ているだけで胸の奥がふっと緩む。こんな景色に触れていると、無性に子供の頃の夏休みを思い出してしまう。原風景とは幼少期の生活環境が根にあると言われるが、正にその通りなのだろう。そして、手を振れば汽笛で応えてくれる運転士。そんなゆっくりとした時間が流れて行く奥会津の朝だった。


#2は雲台を左へとゆっくり振り、橋梁と田園のバランスを見ながら構図を整えた。構成は事前に作っておいたが、運行速度が遅い故、余裕でピントを追えるのも只見線らしいところだ。


次便は150mほど移動し、毎夏咲くキバナコスモスと民家をフレーミングした。曇り空ながら、斜光線が花の黄色を柔らかく照らし、静かな集落の空気に穏やかな明るさを添えていた。矢印は毎年撮っている紫陽花咲く一角だが、今年はまだ咲き始めといったところで、来週辺りが良い頃かも知れない。


奥会津ヲ旅ス op.3」~ F10・SS1/400・ISO160 ~


車両は08:40通過の下り423D。空には厚い雲が広がり、手前側には陽が射し込む露出の安定しない環境だった。一番には白トビを避けることを優先し、輝度差など追い切れない部分は後

の修正を念頭に設定する。このタイトルは一昨年に使っていたもので、op.8まで続いた。今年は今のところ三作目となるが、何れももこの横田周辺で撮ったものに付けている。


所でTVで秘境路線の旅などといった番組をよく見掛ける。只見線もまた秘境鉄道とか秘境駅と称されるが、秘境という言葉が何処か軽々しく使われていると云うのか、そもそも秘境には鉄道やバスは走ってないし、インフラは整わず、生活の匂いもなく、言葉だけが一人歩きしているような疑問を感じる‥と、列車を待つ間、そんなことをぼんやり考えていたが、私にとっての奥会津は秘境ではなく”生活の続く深い場所”なのだ。


423Dの撮影後、金山町の川口方面へ向かえば撮れる車両もあるのだが、陽射しが強くなり無理の撮ることを選ばなかった。そうなると時間が空いてしまい、南会津郡只見町黒谷字上川原の「いわなの里」へ行ってみる。

越後三山只見国定公園の中にあり、静かで涼しげな空気感はとても居心地が良かった。釣りは目的ではないので、早速岩魚料理を注文したが、開店間際で塩焼きは時間を要すようなので唐揚げオーダーする。因みに価格は600円。粗塩を振ってかぶり付けば、全く臭みなどがなく淡白な味わいで、頭も骨も残すことなく全て食べられる。臭みがないので活け造りもあるようだが、それだけ綺麗な川に棲息している証拠だろう。


女将は郡山出身ということで話しが弾み、聞けばこの一帯は2011/07の平成23年7月新潟・福島豪雨で全てが流されたとのこと。それから数年経ての再開となったようだが、そのバイタリティは素晴らしいと思った。尚、サマオクはお土産に数匹の唐揚げを購入したようだ。


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