手を振れば汽笛応える只見線・・・午前の部
24日(土)、先週、数年ぶりに大沼郡三島町大字名入の第二只見川橋梁俯瞰ポイントへ行ったのだが、川霧の季節が終わる前に撮っておこうと早朝より出掛ける。そんな要望に応えてくれたのか所々で強めの俄雨が降り、川霧は今季一番の見事な景観になったのだが・・・。今回の撮影記は午前と午後の二部になる。


到着時は正に絶景だった。このままの状態で上り始発の422Dが通過して欲しいと願うが、”川霧や通過前後の絶景かな”(M.Hermitage作)の通り、雨が強くなり下画像のようにほぼホワイトアウトとなる。ファインダー越しでは全く見えないため、肉眼で通過する車両を確認しながらシャッターを切るがこれでは補正も適わない。従って一旦車に戻り07:00台の上下便を待つことにするが、この時点で傘を差してはいたものの雨と湿気でずぶ濡れだった。

「霧幻鉄道 op.2 ①」~ F8・SS1/200・ISO400 ~

「霧幻鉄道 op.2 ②」~ F8・SS1/250・ISO400 ~
①07:27頃通過の下り423D、 ②07:38頃通過の上り424D。雨は①が通過する頃に止む。併し下流から川霧が大々的に流れ込み、ホワイトアウト一歩手前の眺めに気を揉む。↓動画にはそんな状況が記録されている。②通過時、川霧は落ち着き見通しは良くなったものの、残念ながらこの便は単連車両となる。更にデフォルトカラーのキハ110の場合、川霧の状況次第では存在感が弱くなってしまうように思う。
此処では栃木から来られた年配の方が先客だった。色々と話しを伺うと中学生の頃から只見線や会津線、そして磐越西線などでSLを撮っていたとのこと。その会話の中から滝谷川橋梁や第一只見川橋梁などを歩いて渡れた1970年代初頭、橋梁の途中でカメラや機材を落としてしまう撮影者が多数いたようだが、カメラや機材ならまだしも落ちて亡くなることもあったなど、かなり興味深い話しや情報を得た。

続いて河沼郡柳津町大字細八字家ノ下甲へ行く。国道252号線沿いのこの場所、画像の右側には第一八坂野踏切があり、前々より車窓から目を惹かれていた。第一八坂野踏切周辺から撮られた画像はよく目にするが、国道側からの画像はそう多くはないかも知れない。

「The Simple After Rain」~ F10・SS1/400・ISO250 ~
車両は08:39頃通過の下り425D。タイトルのように杉林と田園のみの至ってシンプルな構成ながら、只見線の列車が加わり完成された風景になる。昔々、洋酒のCMに”何も足さない何も引かない”というキャッチコピーがあったが、これ以上でも以下でもならない景観だった。

午前中最後は河沼郡会津坂下町大字大沖字村東で撮影する。田園を2/3以上フレーミングし、10:23頃通過する三連車両の只見線満喫号、下り9425Dを遠くに置いたのだが、これは洞察力不足の内容となった。従って構成を変え10:30頃通過の上り426Dを撮る。

「行合ひの空」~ F11・SS1/800・ISO200 ~
「霧幻鉄道 op.2」を撮った朝とは打って変わり、残暑厳しい会津平となる。磐梯山には夏雲が掛かるも上空には秋の雲が在る。稲は色付き始め少しずつ少しずつ夏は過ぎ去り、ゆっくりと秋が来ている。426Dは首都圏色を連結したキハ110二連。矢張り赤い車両は存在感があるというか、キハE120のデフォルトカラーも夏の終わりから秋は何気に映える。
午後からの撮影は特に予定を立てておらず、気の向くままに金山町方面で只見線満喫号の上り便を撮り、夕刻には再び会津平に戻ることになる。
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