第一只見川橋梁、そして若宮駅へ

15日(土)、奥会津の銀田はまだ早く、明確な撮影目的がないまま第一只見川橋梁の写り込みは如何なものだろう‥と、大沼郡三島町大字桧原字下三平の通称舟着き場へ向かう。

途中の車窓からは山霧が見え、且つ曇り空で写り込みはあまり期待せずだったが川面は穏やかでご覧のような塩梅。

緑響浪漫」~ F10・SS1/200・ISO400 ~


車両は06:06頃通過の上り422D。橋梁付近には靄が残り、明るく撮ると全体的にぼやける、暗く撮ると山々の色彩感は失われるといった描写となる。従って中庸な露出で現像時にコントラスト及び色調の補正を行う。


第一橋梁撮影後、特に予定もなく昨日も撮った会津美里町へ戻ることにするが、今回は久々さに銀山川沿いの県道53号、会津高田柳津線を走行する。途中の大沼郡会津美里町上平字南澤にはご覧のような廃屋となった集落がある。前々から気にはなっていたが、現存する家屋は凡そ五件ほどだろうか、県道から一段下がった一帯に車は入れず、現在の建築法には適応していないなどなど、おそらく生活の大変さから集団で移転したと思われる。


因みに銀山川は柳津町から只見川へ流れ込むが、途中の河沼郡柳津町大字柳津字上村甲には只見線の銀山川橋梁がある。「2019/11/24」「2018/11/10

さて何処で撮ろうかと考えつつ、ふと河沼郡会津坂下町大字五ノ併字権現堂丙の若宮駅と飯豊山が思い付き、久々に向かってみる。若宮駅には駐車場がない、つまり車では近付けない田んぼの中の無人駅。周囲に家々はあるもののローカル線そのものといった景観だ。

Wikによれば2004年度の乗車人員は一日平均14人だが、会津市内へ通学する学生がもった乗っていたように思う。そして畑となった手前側も以前は田んぼだった記憶が‥。


撮影車両は若宮駅08:15発下り425Dと08:37発上り424D。下画像、425Dには日曜の早朝ながら若者が一人降車。停車の際は駅舎が隠れてしまい車両位置を考慮する。


「山ノ彼方ノ空遠ク」~ F10・SS1/400・ISO125 ~


背景が空になる際、特徴のある雲などがない場合は極力その面積を省くのだが、今回は致し方ないフレーミングか。車両に寄ればそれらは解決するが、その構成だと非常に面白みが欠けるように思う。陽気は晴天で陽射しは暑い。併しながら田園を渡る風は心地よく、列車が来るまで長閑な時間を過ごしました。


続いて若宮駅からちょっと下り側、河沼郡会津坂下町大字五ノ併の金沢踏切周辺へ向かう。此処も飯豊山と只見線を撮るポイントだが、徐々に風が強まり上り426Dが通過する09:59頃には田んぼの水面は波立ち三脚は飛ばされそうになる。撮るには撮ったが水面は荒々しくボツとします。同時に動画も撮ったが風でブレブレとなりこれもボツです。


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