川霧立つ奥会津・・・午前の部

M.Hermitage

27日(土)、暑さと湿度で不快指数が上がりっ放しの日々。夜中の気温も下がらず、奥会津では川霧が立ち易い状況となり、この日も02:30起床で出掛けてみる。今回の撮影記は午前と午後の二部となる。

まずは各所の様子を窺いながら、お決まりの大沼郡金山町大字川口字中山のかねやまふれあい広場へ向かうが、大志集落背景の山々や川面を覆うような川霧の立ち方ではなかった。


眩 郷」~ F8・SS1/6・ISO200 ~


それでも一応三脚を立て撮ってみる。何度か書いているがこの数年、集落以外の全てを覆うような川霧の状況を見ていない。従っていつも同じような内容ばかりになってしまうのだが、夏季の定点観測ということかも知れない。


所で”眩”にはくらむ、くらます、まぶしい、まばゆいなどがあり、タイトルは”くらます”の意味合いで使っている。尚、柔和な雰囲気を表現するためコントラストを-補正している。


始発便は第一只見川橋梁の船着き場で撮る予定を立てていた。併しながら橋梁が姿を表す気配が全くない。先のことである車両通過時の様子は計り知れないものの、個人的な判断としては一度でも被写体の姿が望めればそのまま待つのだが、このままではダメかと移動した。

移動先は大沼郡三島町大字川井字天屋原、歳時記橋上からの第二只見川橋梁。此処から撮るのは何時以来だろう、背景に霧は掛からずだがホワイトアウトになる可能性は低いようだった。


川霧の穏流を渡る鉄の路」~ F10・SS1/160・ISO320 ~


車両は06:02頃通過の上り422D。此処はその時の自然現象、景観によって寄るか引くか迷う場所のひとつ。今回は手前側を省いたフレーミングとした。AFを切って置きピンにすることを忘れており、列車通過時にピントを合わせ合わせシャッターを切る。特に橋梁上は速度が遅いので何とか撮れたといった感じだったが、午後は午後でまた異なる失敗をする。


第二橋梁から只見方面へ向かう。川霧は立っているのだが只見側の車両通過時間は遅く、タイミングが合わないというか次第に消えてしまう。本来ならは先月初旬に熊と遭遇した第八只見川橋梁の俯瞰ポイントへ行きたいのだが、なかなかその機会に恵まれない。


そんな訳で南会津郡只見町大字寄岩字広田表から深沢橋梁を撮ることにした。耳馴染みのない橋梁名かも知れないが、第八橋梁に向かって左側の橋梁になる。眼下にはJ-POWER只見の浚渫施設があり、それらを省くフレーミングを行う。


あの空はけふの暑さの所以也」~ F10・SS1/250・ISO200・2 Composite Photo ~


車両は07:25頃通過の上り426D。撮影準備中はそれ也に霧が立って良かったのだが、曇り後雨の天気予報が全く当てにならず太陽が登り始め次第に消えて行く。従って車両通過前の霧が残っている状態を撮った画像をレイヤー合成する。


川霧はほぼ消え、何より太陽が登りジクジクと湿気が籠った暑さが皮膚にべた付く。只見側にやって来る下り便をどこで撮るか思案し、第七只見川橋梁がある大沼郡金山町大字横田字上山根に向かう。因みにピーカンの中で橋梁を撮るつもりは無かった。


奥会津ヲ旅ス op.7」~ F10・SS1/500・ISO250 ~


車両は08:41頃通過の下り423D。土日の423Dは単連車両になり、それに合った構成でフレーミングしていたのだがやって来たのは二連だった。寄って急遽引いた構図に変更して撮った。右側の道を進むと熊野神社があり、その社から夏でも滔々と流れる大権現清水は冷たくて実に美味い。顔を洗ったり水を汲んだり、この暑さの中でとても有難く重宝する清水だ。


一旦金山町方面へ戻り、何とはなしに大沼郡金山町大字大栗山字大拔の三更集落側から霧幻峡を眺めてみた。すると極めて薄っすらと川霧が残る中に渡し舟が一艘航行していた。


風の行方」~ F10・SS1/500・ISO200 ~


遠目では船頭だけのように見えたが、画像を拡大して確認すると女性が一人乗っていた。川霧は消えてしまったものの写り込みはとても美しい。2005年の大河ドラマ「義経」にて、松坂慶子演じる平時子が安徳天皇(諸説有り)を抱き入水する。その際に「海の底にも都がある」と幼帝に云うが、美しい写り込みを見る度にそのシーンが頭を過ぎり、水の中にも別の世界があるように思えてしまう。


併し風の行方次第で水面は波立ち、そんな別世界への入り口は閉ざされてしまう。もしかすると只見川の川霧はそれらの入り口を隠すための神々の仕業なのか‥などと妄想をしながら午前中の撮影を終える。


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