川霧に包まれる夏朝の只見線・・・午後の部
01日(土)、昼前に太陽が顔を出したが、その時間は長く続かなかった。それでも気温は上がり、湿度と相まって空気はやや不快になる。ただ、この日は北西から涼やかな風が吹き、それはまるで天然のクーラーの如く、外に立っていても苦にならなかった。

午後は午前の部で触れたように、大沼郡金山町大字横田字山根での撮影を行う。午前中は川霧が立っていた周辺の只見川だが、この時間になるとその姿は無かった。六月末に撮った際は水面が見えていた田んぼは、今は緑の芝生のように静かに広がっている。

「風の通り道」~ F10・SS1/200・ISO250 ~
車両は15:01通過の上り430D。私は緑田の景観も好きだ。太陽に温められた田んぼには夏の匂いがあり、風に戦ぐ姿もまた美しい。背中側の田んぼは酒米になり、早くも出穂していた。以前、作業中の農家の方に聞いたところ、酒米は早い刈り入れになるようだ。
そんな土の匂いの中、只見線が第七只見川橋梁を通過する。先述したように橋梁側からの北西の風は肌に心地良く、緑の芝生を優しく揺らしていた。午後の光は山の稜線を淡く照らし、田んぼの緑はその光を受けて更に深みを増していた。列車の音が遠ざかると風だけが残り、田の面を静かに撫でていった。

約50分後の次便は山中踏切沿いにて撮影する。先々週は陽光が強くて撮れなかったのだが、今日はフラットな光線が条件を整えてくれ、撮影できる本数も増えてくる。列車の気配がまだ遠い時間帯には、周囲の静けさが際立ち、踏切周辺の草むらが風に揺れる音だけが耳に残る。

「奥会津ヲ旅ス op.5」~ F10・SS1/500・ISO500 ~
車両は15:53通過の下り427D。此処で撮ったのには理由があり、最近は橋梁の遠景撮影が多く、向かってくる列車のタイミングを体感するためのリハビリでもある。と云うのも、秋になるとこの線路沿いで撮る機会が増える為、今のうちに身体の感覚を整えておきたい。
それにしても線路沿いで振動と風を感じながらの撮影は気が締まり、列車を何処に置くかなど考えることも多い。周囲の山々の稜線には静かな影が落ちて始める。そして列車の音が近付くに連れ、草むらの揺れ方が僅かに変わり、その変化が撮影の合図のように思えた。

横田での撮影を終え金山方面へ戻る。するとこの時間でも川霧は立っており、昔々の最盛期の頃を思い出した。但し昨日の雨で川面は濁っており、朝より薄くなった霧ではその色を隠し切れないようだ。今日の一番で撮った第三只見川橋梁だが、今度は大沼郡三島町大字名入の国道252号線側から撮る。川面は矢張り濁っているが、列車通過時の暗さで幾らか目立たなくなるのでは‥と、予想する。

「夜ニ急グ空ノ理由(わけ)」~ F8・SS1/160・ISO500 ~
車両は18:26通過の下り431D。列車を待つ間、谷を渡る風が僅かに冷たく、霧の名残を含んだ湿り気が肌に触れた。曇り空ながら夕刻の光は山の稜線を照らし、川沿いの静けさがゆっくりと深まる。実はこの地を選んだ理由は、その黄昏色が川面に反映しないものかと空の面積も多く取り込んだ次第。
列車の通過間際、一台の車が停まりカメラを掲げた人がバタバタと慌ただしく降りてきた。撮って直ぐにまたもやバタバタと車に戻り発進する。おそらく列車の追っ掛け撮影をしているのだろうが、もっと落ち着いて撮ったらどうなのかと思ってしまう。撮影スタイルは人各々ながら、これでは撮ること自体が目的であって、その場所の空気、季節感、時間の流れを感じ、記録すると云った写真の楽しみ方ではない。
431Dの後には夕刻にもう一便、撮れるのだが今日は帰ることにした。朝は川霧を追い、そして午後は田の面を渡る風、川霧の名残、稜線に落ちる影、それらがゆっくりと一日の終わりへ向かって重心を移す。列車を待つ時間には、ただそこに立っているだけで季節の輪郭が少しずつ整い、撮るという行為もまた、その輪郭の一部として静かに収まって行くようだった。
@画像タイトルをクリックするとフォト蔵の大きな画像(別窓)が開きます。