川霧の向こう‥只見線とある男の静かな時間

M.Hermitage

列車が来るまで、あと十二分だった。


男は三脚の脚を一本だけ伸ばし直した。


夏の朝だった。空は薄曇りで、只見川の上には白い靄が低く漂っている。川面から立ち上った霧は、山の裾を這うようにゆっくりと動き、対岸の木々をところどころ隠していた。


男はファインダーを覗いた。


まだ列車は見えない。


それでも、もう構図は決まっている。


川を画面の下三分の一に置き、その向こうの山を大きく入れる。橋梁を渡る列車は、ほんの小さな存在になる。


昔から、この構図が好きだった。


「列車を撮っているんじゃないのかも知れないな」


誰に言うでもなく、男は呟いた。


六十を少し越えた頃から、そう思うようになった。


只見線を撮り始めたのは、まだ四十代だった。


その頃は、もっと列車を大きく撮っていた。


車両の顔が見えるように。形式が分かるように。編成がきれいに収まるように。


新しい車両が入れば撮った。


珍しい塗装が走れば撮った。


雪が降れば撮り、紅葉になれば撮った。


撮影地にも詳しくなった。


何時何分に列車が来るか。どこに立てば光が入るか。冬の朝はどこまで雪が積もるか。


そういうことを覚えるのが楽しかった。


けれど、いつの頃からか、列車よりも、その列車が走ってくるまでの時間が気になるようになった。


誰もいない駅。


錆びた線路。


雨に濡れたホーム。


夏の朝の草いきれ。


秋になると山から落ちてくる葉。


雪に埋もれた踏切。


列車が去った後の静けさ。


そういうものを撮りたいと思うようになった。


そして、撮れば撮るほど、自分が歳を取っていくことに気づいた。


     *


列車が来る五分前、男は腕時計を見た。


以前なら、あと五分しかない、と焦っただろう。


今は違う。


あと五分もある。


そう思う。


五分という時間は、若い頃には何でもない時間だった。


しかし、歳を取ると違って見える。


五分あれば、雲が動く。


風が変わる。


霧が晴れることもある。


光が差し込むこともある。


そして、人は五分の間に、昔のことを思い出したりする。


男は川の向こうを眺めた。


二十年前。


三十年前。


ここで撮った写真のことを思い出す。


同じ山。


同じ川。


同じ鉄橋。


けれど、何かが違う。


当然だ。


山も川も、少しずつ姿を変えている。


そして何より、自分が変わった。


あの頃の自分は、写真を撮ることで「残したい」と思っていた。


今は少し違う。


残せないものがあることを知ってしまった。


人は歳を取る。


家はなくなる。


駅もなくなる。


木も枯れる。


景色も変わる。


そして、自分自身も、いつかこの場所へ来られなくなる。


だから写真を撮る。


残すためというより、


「確かに、ここにいた」


と、自分自身に言うために。


     *


遠くで汽笛が鳴った。


男はカメラに手を添えた。


川霧の向こうに、かすかなジーゼル音が聞こえてくる。


列車はまだ見えない。


男はファインダーを覗かなかった。


肉眼で見ていた。


やがて鉄橋の向こうから、二両の気動車が姿を現した。


霧の白さの中に、車体が浮かぶ。


ゆっくりと橋を渡ってくる。


男はシャッターを切った。


一枚。


二枚。


三枚。


それ以上は撮らなかった。

列車はあっという間に鉄橋を渡り、山の向こうへ消えていった。


音も遠ざかっていく。


再び静かになった。


男はカメラから目を離した。


「今日も撮れたな」


そう言った。


写真がうまく撮れた、という意味ではなかった。


列車が来た。


自分はそこにいた。


そして、その瞬間を見た。


それだけでよかった。


     *


帰り道、男は駅に立ち寄った。


無人駅だった。


寂れた待合室のベンチに腰を下ろす。


誰もいない。


風が吹くたび、線路脇の草が揺れる。


男はカメラバッグを足元に置いた。

昔、この駅で若い女性と話したことを思い出した。


彼女は只見線に乗って旅行をしていた。


「写真、お好きなんですか?」


そう聞かれて、男は少し照れながら頷いた。


「ええ。ずっと撮っています」


「ずっと?」


「もう二十年くらい」


彼女は笑った。


「じゃあ、この辺のこと、私よりずっと詳しいんですね」


そんなことはない、と男は思った。


写真を撮るために何度も来ているだけで、この土地に暮らしているわけではない。


雪の厳しさも知らない。


農作業の苦労も知らない。


山で暮らす人間の時間も知らない。


自分は、ただ通り過ぎる人間だ。


それでも、ここへ来るたびに、少しずつこの土地の時間を分けてもらっているような気がしていた。


     *


駅を出る前に、男は一枚だけ写真を撮った。


列車のいないホーム。


誰もいない線路。


夏の空。


そして、ホームの端に伸びる雑草。


昔なら、こんな写真は撮らなかった。


「何も写っていない」と思っただろう。


しかし今は違う。


何もないように見える場所にも、時間は積もっている。


列車が来る。


人が乗る。


人が降りる。


誰かが待つ。


誰かが去る。


それが何十年も繰り返される。


そして、ある日、自分もその時間の中からいなくなる。


男はカメラの電源を切った。


駅を出る。


振り返る。


ホームには誰もいない。


それでも、男にはそこに人の姿が見えるような気がした。


若い頃の自分。


雪の中で三脚を立てている自分。


雨に濡れながら列車を待っている自分。


紅葉の山を見上げている自分。


そして、これから歳を重ねていく自分。


みんな同じ場所に立っている。


只見線は、そのすべてを何も言わずに運んでいく。


     *


数日後。


男は自宅のパソコンで写真を整理していた。


画面には、二十年前に撮った只見川の写真が映っている。


若い自分が撮った写真だった。


今より構図は大胆だった。


色も鮮やかだった。


列車も大きく写っている。


男はしばらく眺めていた。


そして、小さく笑った。


「下手だな」


だが、削除する気にはならなかった。


その写真には、若かった頃の自分が写っている。


写真の中には自分の姿はない。


それでも確かに、自分がいる。


あの頃の自分が、あの日、あの場所で、シャッターを切った。


だから、この写真は只見線の写真であると同時に、自分自身の写真でもある。


男はファイルを閉じた。


窓の外を見る。


夜だった。


明日も晴れるだろうか。


雨になるだろうか。


雪はまだまだ先だ。

そんなことを考えながら、男はカメラのバッテリーを充電器に差し込んだ。


また行こうと思った。


来週も。


来月も。


来年も。


いつまで行けるかは分からない。


だが、行けるうちは行けばいい。


列車は待ってくれない。


季節も待ってくれない。


人生も、待ってはくれない。


だから男は、また只見線へ行く。


列車を撮るために。


そして本当は、過ぎていく自分の時間を撮るために。